若い頃に憧れた車というのは、いくつになっても心の大事なところを占めている。「あの車はすごかった」、「めちゃくちゃ早かった」、「超かっこよかった」と、心に焼き付いたイメージは鮮烈で、初恋の人のように時々思い出しては「乗ってみたいなぁ……」と思うものだ。
しかしじゃあ「あの頃に憧れた車」にいま実際に乗ってみたら、本当にいいのか? 「思い出補正」がかかっているんじゃないか? あるいは噂で聞いてたほどではないんじゃないか?
だったら乗ってみましょう。いまから15年以上前に生産終了となった3台の「名車」を試乗してみます!
文:大音安弘
■憧れた頃には手が届かず、買える頃にはタマ数も減り
国産名車といえば、まずバルブ期に誕生したモデルたちを連想する人が多いだろう。特にスポーツカーにおいては、ベースモデルを持つスカイラインGT-Rを除き、90年代に送りだれたモデルの多くが2002年まで継続販売されていた。
これはバブル崩壊後、景気の悪化や消費者の価値観の変化から、国産スポーツカー市場が縮小してしまった要因も大きい。
当時のラインアップを見ると、グラマラスながらスポーツカーらしいスタイリングに始まり、国産最強を示す280psを発揮する高性能エンジン、各社の個性を示すハイテク技術や機能の数々など、乗らずともカタログや雑誌を見ているだけでも十分にワクワクさせてくれた。
当時はまだ高嶺の花で、「いつか乗ってみたい」と思っていても届かず、働いて働いてやっと生活に余裕が出てきた頃にはすでに国産スポーツカーの中古価格が高値で推移した上、そのすべてが生産を完了しており、憧れた国産スポーツカーを手にするどころか、ステアリングを握る機会さえなかった。
あれから10年以上の歳月を経て、なんと「A80スープラ」、「R34スカイラインGT-R」、「ホンダNSX」の3台に同時に試乗する機会を得たのは、まさにタイムスリップしたかのような気持ちであった。
とはいえ、私も仕事柄、国内外の最新スポーツカーのステアリングを握ったことがあるが、それらのスペックは言うまでもなく、これらのスーパースターたちを遥かにしのぐ。
「あの頃のワクワクした気持ちに、この名車たちは応えてくれるのだろうか」
そう思いながら一台ずつ試乗させていただいた。
個別の試乗記は下記にそれぞれ記すとして、まず全体的な話をすると、それぞれの加速性能が現代の水準で見れば、ずっとマイルドだったことだった。
マイルドではある。しかしながら「運転を楽しむ」という点では、走る、曲がる、止まる、どの観点から見ても、この3台はスポーツカーとして見劣りするどころか、十分に魅力的であり、コクピットなどに各部にスポーツカーとしての機能美の追求も感じさせる。
また現代のスポーツカーの多くに取り入れられる派手な演出などなくとも、澄んだエンジンサウンドに耳を澄ませ、クルマが望むシフトワークを行うだけで、街角を走るだけでも、クルマと対話する歓びが得られることを教えてくれた。
そこには今のスポーツカーが失ったピュアさ、そしてストックさがあった。その内側に秘めた魅力こそ、90年代国産スポーツカーが今なお、人の心を捉え、宝石のような輝きを放ち続ける理由なのだと実感した。
■ホンダNSXタイプS(1999年式)
今見ても美しいシルエットを持つNSX。この点において高性能な新型も足元にも及ばないと思う。インテリアもシンプルながら品格のある佇まいだ。2座で収納も限られるが、コクピットはさほどタイトではなく、これならロングドライブも快適だろう。
早速キーを捻ると、背後でV6エンジンが目覚める。低回転域では五月蠅く感じる部分もあるのだが、それが高回転域となると一変し、甲高いホンダミューミュージックへと変化し、ドライバーの心を高揚させてくれる。
中期型となる同車には、かつてスーパーカーの必須アイテムだったリトラクタブルヘッドライトも備えるのも嬉しいところ。その開閉動作すら、今となってはワクワクのポイントだ。
そのMRらしい鋭いコーナリングには、慣れるまで躊躇を覚えたが、その感覚を掴むとコーナリングが癖になった。乗るほどに降りたくなり、音楽よりもエンジンサウンドと思えてくる、そんな中毒性を持つ一台だった。
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