フランスのスポーティーカーといえばいまでこそルノーやプジョーなどが有名だ。しかしラリーなどで先に活躍を始めたのは今回紹介するアルピーヌA110。
1963年に発売されたアルピーヌA110は進化を遂げ、1973年にはアルピーヌ・ルノーがマニファクチャラータイトルを獲得するなど輝かしい功績を収めた。
そんなA110(”エー・ワン・テン”と呼ぶのが通)が2018年、復刻され日本に上陸した(詳細はこちら)。50台限定のプレミエール・エディションはすでに完売したものの、今後は通常ラインアップも発売開始される。
そんなアルピーヌA110に初代A110オーナーだったジャーナリスト鈴木直也氏に試乗してもらった。そのA110の痛快なキャラクターは現代に甦ったのか?
文:鈴木直也/写真:池之平昌信
■”ちょうどいいサイズ”のスポーツカーが復活した
昨年のジュネーブショーで公式デビューを果たした新アルピーヌA110。
日本に上陸した最初の50台は抽選による販売となったが、輸入元アルピーヌ・ジャポンによるとその応募者は1000人を超えたという。
これは「かつての名車」復活という話題性はもちろん、同時に「手頃なサイズの本格スポーツカー」が少なくなっていた、という事情も見逃せない。
近年新しく登場するスポーツカーといえば、デザインも馬力も(そして価格も)過剰な”ハイパーカー”ばかり。

似ているのはルックスだけではない。軽量ボディとその走りの痛快さは先代からの「A110らしさ」だ
マツダ・ロードスターを偉大な例外とすれば、ポルシェ・ボクスター/ケイマンあたりがエントリーレベルで、その下に大きなギャップが生じていた。
新アルピーヌA110は、その真空地帯を埋めるには最高のキャラクターだ。
ご存じのとおり、オリジナルA110はルノー量産車のメカニカルコンポーネンツを利用し、その上に軽量なFRPボディを架装して造られたリアエンジンスポーツカーだが、だからといってただのライトウェイトスポーツというわけではなかった。
クルマ好きなら雪のチュリニ峠を疾走するA110の写真を一度は見たことがあるだろう。走りの良さだけではなく70年代のラリーシーンを席巻した華麗なモータースポーツヒストリーもA110の魅力。
敏捷なハンドリングと軽量なボディを武器に、初代WRCチャンピオンの栄光に輝いた競技車両としてのポテンシャルの高さも素晴らしいのだ。
A110を現代に復活させるにあたっては、このオリジナルA110のキャラクター継承が強く意識されている。
モダンにアレンジされてはいるがひと目でA110とわかるスタイリング。オールアルミモノコックによる軽量なボディ(1110kg)。

空力やさまざまな制約上、先代のようなRRレイアウトではなくなりミドシップになった
空力パッケージ優先でリアマウントを諦めてミッドシップとなったエンジンは、1.8L直4ターボ252ps。
伝統に従って(?)さほどパワフルではないのはご愛嬌だ。ロータス・エリーゼほどスパルタンではないが、ボクスター/ケイマンより競技志向で硬派なイメージ。新A110のポジションはそのあたりにある。
注目のプライスは最初の50台の“プルミエールエディション”で790万円。“素”のケイマン6MTより100万円ほど高いが、ケイマンもPDK仕様をベースにいくつかアクセサリーを選ぶと、ほぼ似たような価格となる。
■A110はサラブレッドではなく”生活感が漂う”
初代からの伝統に従って、コクピットはレース仕様っぽい機能美を感じさせるデザインだ。
試乗車の”プルミエールエディション”は、軽量なサベルト製スポーツシートが装着され、フルハーネスのシートベルトが似合いそうな雰囲気。

インテリアは現代ぽさがある。シートはサベルトとの共同開発。プレミエールエディションはシートの高さがボルトで変更する本格派
助手席トゥボードのアルミ製ステップも、ラリー車のナビシートを思わせる演出だ。
センターコンソール部の赤いボタンで始動するエンジンは、前述のとおり1.8L直4ターボだ。
日産系のブロックをベースにルノースポールがチューンしたユニットは252ps/320Nmを発揮。トランスミッションはゲトラグ製7速DCTのみが用意される。

フロントにはトランクを備える。旅行かばんなどはしっかり入る実用性がある
試しに各ギアで自動シフトアップするまで全開で踏んでみると、トルクカーブに頭打ち感はなく6700rpmのレッドゾーンまで淀みなく吹き上がる。
ポテンシャル的には車重1トンちょいだから十分以上にパワフルで、たとえサーキットランでもパワー不足を感じることはないはず。
筑波サーキットなら1分5秒くらい楽に出せそうな実力はあると思われる。
ただし、エンジンのキャラクターはポルシェやフェラーリのように「いかにもサラブレッド」というものではなく、基本的には量産車からの流用という生活感がある。
この辺もオリジナルのA110と共通のテイスト。
■250psと侮るなかれ!! ブレーキの快感は最高
やはり、量産車ベースで巧みにスポーツカーを仕立てるのが、アルピーヌのお家芸というわけだ。
その代わりというわけではないが、ハンドリングとブレーキングはいかなる基準を持ってしても「ファンタスティック!」としか言いようがない。
いまどき250psでは絶対的な加速はそれほどめざましいものではないが、その速度エネルギーを殺すブレーキフィールの素晴らしさといったら、ちょっと他に比べるものがない。

ブレンボのキャリパーはガツーンと効くがコントロールしやすい。排気音も男らしいが周囲を脅かす類の音質ではない
軽量だからよく止まるといった単純なものではなく、リア荷重が大きいことによる減速時のバランスの良さ、ソリッドでコントロール性抜群のペダルフィール、絶妙なタッチで介入するABSなど、まさに「ブレーキングそれ自体が喜び」と言いたいほどに気持ちがいい。
これだけブレーキフィールが良ければ、減速からコーナリングへ移行する過渡域もスムーズそのものだ。
ステアリングレスポンスは過度にクイックではなく、いわゆる「切れは切っただけ」素直に反応するタイプだが、ロードインフォーメーションの正確さがピカイチ。
ハードにブレーキングしつつターンインといった厳しい状況でもフロントのグリップ感が手に取るようにわかるし、そこでブレーキ踏力をわずかに増減してフロントタイヤのグリップを探るようなデリケートな操作にすら正確に応えてくれる。
ドライバーの操作に対してこれほど超精密なレスポンスで応えてくれること自体が驚きなのに、それが十分以上にコンフォータブルな乗り心地/居住性と両立しているのがまた驚異的。
ハンドリングにすべてのリソースを投入したロータス・エリーゼのダイレクト感と、高い完成度を誇るボクスター/ケイマンの洗練ぶりが両立している、そんな印象なのだ。

鈴木氏が所有していたA110。甦った現代のA110にもご満悦のようだ
じつを言うと、ぼくは35年ほど前にオリジナルのアルピーヌA110(1300VC)を購入し、15年ほど所有していたことがあるのだが、旧A110オーナーを持ってしてもこの新型は期待以上の仕上がりと断言できる。
単なるノスタルジー趣味ではなく、栄光の時代を築いたオリジナルA110のエッセンスを、きわめて洗練されたカタチで蘇らせてくれたのが本当に素晴らしい。思い出バイアス抜きに、ここ10年で最高のスポーツカーと評価したいと思います。