将来の戦略を見越した価格設定
このほか今後のトヨタのコンパクトカー戦略も絡む。ヤリスのエンジンやプラットフォームを使った車種として、まずヤリスクロスが登場したが、今後も以前のファンカーゴに相当する背の高いコンパクトカーが加わる。
ダイハツが製造するルーミー(タンクは廃止された)は、背の高いコンパクトカーでも、直列3気筒1Lエンジンを搭載して価格は150~170万円前後が売れ筋だ。
今後登場するヤリスをベースにした背の高いコンパクトカーは、ルーミー&タンクよりも高い190万~200万円前後が中心的な価格帯になるだろう。
そうなるとノーマルエンジンの2WDで見た場合、ベース車のヤリスGが175万6000円、今後登場する背の高いコンパクトカーが190万~200万円、ヤリスクロスが202万~221万円となり、ここでも重複することなくヤリスシリーズの価格体系がキレイに並ぶ。
以上のようにヤリスクロスの割安な価格は、キックスやヴェゼルといったライバル車への対抗手段、トヨタSUVラインナップにおける価格の整合性、今後充実させるヤリスシリーズの価格バランスという3つのニーズに基づく。
そこにダイハツ製OEM車との価格区分も加えたから、相当に練り込んだ価格設定といえるだろう。
多大な影響を受ける同一クラスSUV
このようにヤリスクロスは複数のカテゴリーや車種を視野に入れて価格を決めたから、販売面でも数多くの車種に影響を与える。
他メーカー車では、コンパクトSUVのキックス、ヴェゼル、CX-30、CX-3が影響を受ける。
キックスとヴェゼルについては、前述のようにヤリスクロスよりも18万円高い。CX-30は2Lノーマルエンジンの2WD・20Sプロアクティブが261万2500円だから、排気量の違いもあり、ヤリスクロスZを約40万円上回る。
CX-3は1.5Lエンジンの2WD・15Sツーリングが199万1000円だから、ヤリスクロス2WD・Gの202万円と同等だ。
CX-3の1.5Lは、同車の販売テコ入れのために設定され、価格を戦略的に安く抑えた。ヤリスクロスの価格は、その買い得感を強調したCX-3の1.5L車に近い設定だ。
CX-30とCX-3の売れ行きは少ないが、キックスは発売直後の新型車だから、ヤリスクロスの割安な価格は辛いだろう。
ヴェゼルは発売から7年近くを経過するため、ヤリスクロスの登場で、設計の古さと割高感が従来以上に目立ってしまう。
ただしマイナス要素だけではない。ヤリスクロスのような売れ筋の注目車が発売されると、ライバル車にも目が向くからだ。
「小さなSUVといえば、ヴェゼルもあったよね」という具合。
このタイミングを見計らって注目される改良を行ったり、割安な特別仕様車を追加すると、ヤリスクロスの発売を効果的に活用できる。「ピンチをチャンスに変える」機動力を発揮できるか否かで、販売動向も変わるわけだ。
残価設定ローンの逆転現象
ヤリスクロスが身内のトヨタ車に与える影響も大きい。今ではトヨタの全店(4600店舗)で全車を購入できるから、人気車は売れ行きを大幅に伸ばす。その代わり顧客を奪われる車種も生じる。
全店が全車を売ることで、系列という垣根が実質的に取り去られ、トヨタ車同士、トヨタ系販売会社同士の競争が激しくなっている。
そうなるとトヨタ車では、ヤリスの売れ行きが影響を受ける。ヤリスとヤリスクロスの価格差は、装備の違いを補正すると実質18万円前後だから、予算に余裕があると、外観に存在感があって荷室も少し広いヤリスクロスを選ぶだろう。
特に今は残価設定ローンが普及した。5年間の均等払いにした場合、ノーマルエンジンを搭載するヤリスクロス2WD・Zの月々の返済額は3万2500円、ヤリスはアルミホイールを装着して条件を合わせると3万3000円だ。
残価設定ローンでは、ヤリスの月々の返済額がヤリスクロスを上回ってしまう。
こうなる理由は5年後の残価(残存価値)だ。ヤリスクロスは新車価格の37%となる81万7700円と高額だから、この金額を除いた返済額を安くできた。
対するヤリスの5年後の残価は、新車価格の25%と平均的だから、割賦元金が安くても月々の返済額は増えてしまう。
残価設定ローンを利用する場合、リセールバリュー(中古車として再販売する時の価値)の高い車種が有利になるため、残価設定ローンの返済額が価格の順列と逆転する現象も起こり得る。
そして販売会社にとって、新車価格が高く、なおかつ中古車になっても高値で流通する商品は魅力的だ。
そのために販売店では、「ヤリスとヤリスクロスで迷われるお客様には、リセールバリューの高いクロスのほうが有利だと説明している」という。そうなるとヤリスクロスの登場で、今後ヤリスの売れ行きが影響を受ける可能性は高い。
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