【後編】佐藤琢磨×原田哲也対談 「ところで、いつまでレースするの?(笑)」「いつまでやりましょうね?」

「The American Dream」であり「The American Entertainment」

原田 二輪もそういうレースが多いよね。
佐藤 だから二輪もインディカーも観客が熱狂するし、スポーツという部分がフォーカスされるカテゴリーなのかな、と思いますね。
 インディカーは低予算で1台体制を組んでるチームでも、6台体制のトップチームと渡り合える仕組みになっている。「The American Dream」であり「The American Entertainment」なんですよ。とてつもない資金を投入してコンマ1秒速くなるよりも、安く作って、その分お客さんにたくさん観てもらうスタイルです。
 コンマ1秒もコンマ2秒も、外から見ると分からないですよね。ドライバーからするとコンマ1秒差は確実な差になるけど、外から見たらそんなに変わらない(笑)。であれば、接戦のバトルを楽しんでもらった方がいい。オーバルコースがあることも含めて、インディカーはそういう風に作られてるんです
原田 エンターテインメントなんだよね。
佐藤 そう。マシンもF1に比べたらかなり前のテクノロジーが使われてて、レトロな機械式時計って感じかな。
原田 でもレギュレーションでマシンのパフォーマンスが接近してるから、ちゃんと面白いレースになるんだよね。

アクセル全開で380km/hのままインディアナポリス・モータースピードウェイのターン1に入って行く

佐藤 そうですね。フォーミュラレースなのに最後まで誰が勝つか分からなかったり、予選と決勝のリザルトが全然違うなんてことも、インディカーならではですよね。
 先日、ホンダさんの「夢先生」っていう授業で、ツインリンクもてぎのコレクションホールに自分が今まで乗ってきたF1とインディカーのマシンを並べてもらったんですよ。そしたらインディのデカさが際立ってた(笑)。ベッタベタに低いんだけど、横幅があって、タイヤの径もデカいんです。
 トップスピードは380km/hとF1より全然速いんですけど、重くて大きいからロードコースでのコーナリングスピードはF1に敵いません。でもオーバルに行ったらスゴイですよ。アクセル全開で380km/hのままインディアナポリス・モータースピードウェイのターン1に入って行く……。
 2009年に初めて見に行った時は衝撃を受けましたもん。「おっかしいな、この人たち!」と思って(笑)。
原田 その「おかしいレース」で2回も勝ってるんだから(笑)。
佐藤 ホント、「自分にはできない」と思ったもん、あの瞬間は。F1やってたからスピードに対する驚きはないと思ってたんですよね。だからあんなにビックリさせられるとは想定外でしたね……。
 でも、ツインリンクもてぎでMotoGPを観た時も同じように思った! 
原田 あの人たちもおかしいよね(笑)。
佐藤 1コーナーなんかヒジ擦って、手首の辺りまで擦りそうじゃない?
原田 そして2コーナーから3コーナーまでの加速はハンパない。
佐藤 すっごいですよね! バンク角もすごいから、反対側のカウルの文字が読めそうでしたもん。ああいう感動って、レースを自分の目で見ないと分からないですよね。
原田 レースは現場で観てほしいよね。
佐藤 あの音とスピード感……。哲也さんが言ってたように、物体が加速していく感覚って、画面じゃ分かんない。カメラはライダーを追っちゃうから……。
原田 目の前を通り過ぎていく時の速さと、エンジン音もすごいけど風切り音もすごい。

ストレート1本分、1.5kmぐらい離れててもスリップが効くんです

佐藤 僕は現役だから他のドライバーの走りを外から見る機会はほとんどないんだけど、何かの時にインディアナポリスを走っているのを見て驚いたのが、通り過ぎた後の風圧なんです。ビックリしました。恐ろしかったですね(笑)。
 自分が走ってる時には分かんないけど、スリップアングルがついてグワーットと斜めになってコッチに突っ込んで来る感じ。そしてとてつもない金属音が近付いてきたと思ったら、過ぎ去った後に髪の毛がブワーッとなる(笑)。
原田 そんなすごいんだ! それだけ風受けて走ってたら、スリップストリームはかなり効くだろうね。
佐藤 とてつもないです。ストレート1本分、1.5kmぐらい離れててもスリップが効くんですよ。風が舞って、それに乗って平均速度が上がるんですよ。
原田 1.5kmも離れてるのに!?
佐藤 信じられないでしょう? 乗ってて感じないけど、シフトポイントやリミッターの当たり方が変わるから分かるんです。「あれ、これコーナーの進入速度が速いぞ」って。そういう時はアンチロールバーやウエイトジャッカーを調整するんです。
 360度回るオーバルコースだから、風向きも180度変わることになる。それによってバランスも全然変わってくる。ロードコースのようにブレーキで調整することはなくて、ちょっとアクセルを抜くぐらい。だから積極的にマシンのバランスを変えるために、アンチロールバーなどを使うんです。
原田 インディ500の決勝中もずっとやってるの?
佐藤 ずっとやってますね。
原田 タイヤの摩耗でもバランスが変わってくる?
佐藤 変わります。アンチロールバーって要するにねじれ剛性を変えるんですが、それによってどのタイヤにどんな負荷をかけるかを決めているんです。タイヤをどう保たせたいかによっても調整する。
 コーナリング中の動的な荷重はアンチロールバーが決めて、コーナー進入時の静的な荷重はウエイトジャッカーが決める。右リヤのダンパー長を収縮させるんですけどね。それらを走りながら駆使すると、ある程度であればいかなる状況にも対応できるようになります。
原田 やっぱり頭良くないとダメなんだね(笑)。
佐藤 最初はこんがらがっちゃいます。ルーキードライバーはどこをどう調整すればいいのか分かんない。

原田 無線で指示されたりするの?
佐藤 最初は言われましたね。それでやってみて「ああ、こういうことか」と。でも最近は自分で分かるようになったから、指示されるとイヤですね(笑)。
原田 カチンと来る?(笑)
佐藤 「分かってるよ、やってんだよ」って(笑)。ただ、なんでそうなるかっていう情報だけは欲しいんですよね。例えばタイヤ内部の温度とかは教えてもらえると助かる。
原田 ピットでは分かるんだ。
佐藤 はい。TPMSっていうタイヤの内圧を測るセンサーが付いていて、それには温度計もあって、タイヤ内側の温度が分かるんです。速く走れば内圧も内部の温度も上がるもの。でも急激に上がっている時はバランスがおかしいってこと。どこかに負担がかかっていることが分かるんです。
 でも、ドライバーはそれに気付かない時がある。例えば新しいタイヤはグリップが高いから、温度が上がりやすい。ドライバーは気持ちよく走ってるんですけどね。でも温度が上がりすぎていると、急激にグリップが落ちる可能性があるから、少しガマンして反対側のタイヤをうまく使うように走らないといけない。
原田 タイヤへの負担を分担するように走るんだ。
佐藤 オーバルコースでは走りながらずっとそういう調整をしてますね。
原田 すごいね。二輪はレース中にライダーがマシンを調整することはほとんどないからね。エンジンマップの切り替えと、最近だとホールショットデバイスぐらいかな、自分でできるのは。
佐藤 ライダーは体を使うんですよね。アンチロールバーとかウエイトジャッカーの役割を、自分の体の落とし方などで果たしてるんだと思いますよ。

2020年インディ500の佐藤琢磨選手
2020年インディ500の佐藤琢磨選手

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