トヨタ全店全車販売 国内メーカー提携 コロナ ゴーンショック… クルマ界「あの話題」の前と後


■リーマンショックの前と後 業界は「何が」一番変わったのか?

 2008年に世界経済を揺るがしたリーマンショック。この戦後最大の金融危機の後、日本の自動車業界が一番変わったのは何だったのか?

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 2008年に起こったリーマンショックは自動車メーカーの経営にも大きな影響を与えた。

 2000年代半ばまで、日本メーカーは基本的に思いついた新商品や新技術をイケイケドンドンで出す傾向が強かった。

 モデルチェンジは4年ごと。クルマの中身は同じながらデザインが違うという、いわゆる“兄弟モデル”を出すのもごく当たり前のことであった。

 ところがリーマンショックを境に、新型車の数が各社とも激減した。数だけでなく内容的にも遊び心や個性があるようなクルマが減り、ベーシックなクルマが大半を占めるようになった。

 リーマンショック時に日本メーカーは一様に経営のための資金が不足し、黒字なのに最悪倒産を迎えるのではないかというほど肝を冷やした。そこで各社、キャッシュを潤沢に持たなければ危ないと考え、経営効率を高めるためにモデル数を減らす方向に一斉に動いたのだ。

 その結果、日本メーカーの経営体質は強くなり、今回のコロナ禍を充分に耐えきることができた。だが、ユーザー側としては新商品が減ったことを寂しく感じるのもまた確かであろう。

トヨタも昨年から全店で全車を扱うようになり、ノアなどの今ある兄弟車が統合される予定

(TEXT/井元康一郎)

■コロナ蔓延の前と後、クルマ界はどう変わった?

 2020年初頭から全世界を覆い、いまだ出口の見えないコロナショック。その渦中で自動車業界にはどのような変化が起こっているのか?

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 コロナ禍で自動車メーカーのストラテジーにも変化が生じる可能性が出てきている。

 ひとつは短期的な商品戦略。世界の自動車マーケットはコロナショックにもかかわらず、順調に販売を回復させているが、問題は今後。

 世界各国が膨大な財政赤字を抱えたのはリーマンショック以上の爆弾材料で、どの市場でどのようにクルマが売れるかが不透明になってきている。

 ポストコロナ時代を生き残るカギは、アメリカ、中国、ヨーロッパ、ASEAN、そして日本など、特定の市場に過度に依存しないこと。仮にひとつのマーケットが不調になったとしても、別のマーケットで補えるような柔軟性を持てるかが勝負となる。

 そのために、複数の市場に向けてクルマを作り分ける必然性も出てくるだろう。

 コロナショックによるもうひとつの変化は、メーカーが抱くモビリティの展望だ。

 2016年にダイムラーがコネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化、この4分野の技術革新を表した「CASE」という概念を提唱して以降、世界の自動車業界はそれを巡って激しい技術競争を繰り広げている。

 CASEを通じてメーカーが実現させたいのはMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)、つまりクルマを個人に売るのではなく、すべての交通手段による移動をひとつのサービスととらえる自動車産業のサービス業化だ。

 ところが、コロナショックの後、一時は少し盛り上がりを見せた、自動車サービスの象徴のひとつ、カーシェアの需要が減少に転じるという現象が多発しているという。

 感染症への警戒感から不特定多数の人が触るカーシェアを嫌がり、中古でもいいからマイカーへと後戻りするケースがあとを絶たない。

 MaaSはもちろん実現させていくべきビジネスだ。

 しかし、コロナ禍で自動車メーカーは無人バスや無人タクシーで乗客をA地点からB地点に運ぶというMaaSだけでなく、クルマを個人所有して移動の自由を存分に味わえるタイプの次世代車も大事にしなければならなくなった。

未来のモビリティサービスに向けてトヨタが昨年12月に発表した自動運転EVのeパレット

(TEXT/井元康一郎)

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