なぜこんなにも美しいのか!!! 外国人デザイナーが手がけた美しい日本車6選


■2代目スバルレガシィ/オリビエ・ブーレイ

1993年10月に登場した2代目レガシィはオリビエ・ブーレイ氏のデザイン

歴代レガシィのなかでも、佳作的な存在の2代目。このデザインをまとめたのは、当時スバルのチーフデザイナーだったオリビエ・ブーレイ氏(1957年8月9日生まれ、フランス出身)である。

ブーレイ氏は、PSAプジョー・シトロエンやポルシェを経てメルセデス入りしたデザイナーだが、1989年にスバルに移籍し、3年間在職。日本の自動車メーカーで初のチーフデザイナーとなる。その間にリリースしたのが2代目レガシィなのだ。

2代目レガシィのデザインには、奇を衒ったような部分はないが、ヘッドライトとグリルの関係が奥深く端正で、全体にバランスのいいデザインだった。

ブーレイ氏はその後、メルセデスに戻ったが、三菱自工のダイムラー傘下入りと同時に三菱のデザイン部門のトップとして赴任。ブランド統一デザインとして、グランディスに代表される「ブーレイ顔」を導入した。

ところがこれは大不評。2004年には、早くもダイムラーが三菱との縁を切ったこともあり、ブーレイ氏もメルセデスに戻り、ブーレイ顔は三菱の負の遺産となった。

■三菱グランディス

ダイムラー傘下だった三菱でオリビエ・ブーレイが手掛けたグランディス。三菱のアイデンティティとするべく取り入れられたブーレイ顔はランエボにまで装着されたが、ダイムラーとの関係解消でなくなった

グランディスのデザインを見ると、決してブーレイ顔が悪かったわけではないことがわかるが、既存モデル(ランサーなど)も無理にブーレイ顔に仕立てたことで、猛烈なブスになるモデルが続出、それがブーレイ顔全体の不評となって三菱の黒歴史となってしまったのでした。

オリビエ・ブーレイ(1957年8月9日、フランス生まれ) 。1981年PSAプジョーシトロエン先行デザイン、1982年I.DE.Aに移籍し、ティーポ3プロジェクト(後のフィアット・ティーポ、アルファロメオ155、ランチア・デドラ)を手掛ける。1984〜1986年ポルシェ、1987年ダイムラーに移籍し、メルセデスベンツSクラス(W140)、Cクラス(W202)のエクステリアデザインに参画。1989年富士重工業に移籍し、日本の自動車メーカーで初の日本人チーフデザイナーに就任し、2代目レガシィを担当。1992年ダイムラーに再び戻り、マイバッハ57、62の先行デザイン担当し、その後ダイムラークライスラーの先行デザインスタジオのゼネラルマネージャーとなり、2001年ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車のデザイン部門トップに。グランディスやコルト、ランサーなど、ファミリーフェイスを推進(いわゆるブーレイ顔)。2004年、三菱と提携解消後はダイムラーの先行デザインスタジオに帰任、2009年から北京にあるダイムラー先行デザインセンターを率いている

こうして見ると、ジウジアーロ氏やピニンファリーナを除くと、国産車をデザインした外国人は、社内にいたケースが多い。

現在はグローバル化の時代で、国産メーカーも人材がグローバル化している。もはや自動車デザインにおいて、「これは日本人作、あっちは外国人作」というような色分けは不可能になってきた。もうそういう時代じゃないのだ。

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