■クルマを壊すリスクがあり、もう設定したくないというメーカーの本音
MTを設定することで生じる諸々のリスクを減らしたいというメーカーの思惑も見え隠れする。高価で高性能なスポーツカーには運転が上手い人が乗ってくれるとは限らない(むしろ逆の傾向が高い……)。
シフトレバーやクラッチペダルなど操作するものが減れば、そのぶん運転に余裕が生まれるので、自然とほかの操作が上手くできるようになり、性能が高ければ高いほど、そのことは重要になってくる。
ひいては、MTのほうがクルマを壊す可能性が高まる。壊れそうな操作をしたら受け付けないようあらかじめプログラムしておけば、ドライバビリティをあまり損なうことなく、無理な操作はキャンセルしてクルマを壊さないようにできる。これも非常に大きい理由となる。
DCTという優れたトランスミッションがあるのなら、もうMTは積みたくないというのがメーカーのホンネに違いない。
高価で高性能なスポーツカーにMTが搭載されなくなったのは、こうしたことからも必然といえそう。ましてや、お題のとおり、MTがもう進化していないとなると、ますますメーカーにとってもあえて搭載する気も失せるというものだ。
ご参考まで、DCT以外ではMTをベースにクラッチの操作をクルマが行なうAMTもある。こちらはシフトチェンジのタイムラグがDCTよりも長くなるのは否めないが、世に出た当初は駆動抜けの時間が長くて不快だったところ、最新のものは、むろんDCTのようなわけにはいかないものの、だいぶ改善されてきた。
とはいえ、MTを操ることそのものにドライビングプレジャーを感じ、スポーツカーをMTを駆使してドライブを楽しみたいという人は大勢いる。
そこに応えるのもまたスポーツカーの魅力であり、メーカーの役目だという思いは筆者にもあるので、MTもあったほうがよいと考えている。
同じような思いからか、MTがラインアップされているスポーツカーもまだまだたくさんある。日本に導入されている輸入車を見渡してみると、コルベットには伝統的にMTの設定があるし、BMWのMモデルにはDCTとMTの両方用意されている。
多田氏の発言の前にもポルシェが7速PDKを初採用した際(2008年)にも担当エンジニアが「もはやMTを選択する合理的な理由は存在しない」とコメントしている。
しかし、SUVを除くポルシェの多くのモデルにはMTとDCTの両方がある。911のMT販売比率は1割にも満たないというのは世も末という感じがするが、かろうじて残してくれているのは、ファンの声を大事にしているからかもしれない。
フランス勢やアバルトなど欧州製のコンパクトなスポーティモデルにもMTがそこそこ豊富に設定されている。ルノーはメガーヌRSの量販モデルをDCT化したが、走りに特化したシャシーカップにはMTが与れられた。
■ユーザーの声でMTが復活したケースも
走りに特化した911GT3(991型)について、いったんはMTを廃止したのだが、やはりMTを求める声が高かったのだろうか、後期型で復活させている。
日本の現行スズキ アルトの走り系モデルも同じような経緯をたどった。当初、最上級モデルとして設定されたターボRS(昨年秋に廃版)が、普及版グレードアルトにMTがあるにもかかわらず、AMTの「AGS」のみの設定とされたことに、ファンから少なからず不満の声が聞かれた。
スズキとしては、あえてそうしたのは「AGS」はMTに変わるものと位置づけたのが理由と述べていたが、ユーザーはそう受け取るわけはないと思ったら案の定、「ワークス」の復活とMTを求める声が高まり、実際にそうなった。
ユーザーの声がメーカーを動かした興味深い例だ。乗り比べると、「AGS」はやはりどうしてもシフトチェンジのタイムラグが気になり、発進時にギクシャクするなどして、これならMTのほうが断然よいと思ったものだ。
ちなみに日本車でMTとトルコンを用いない2ペダル車が同時に設定された例というのは他に心当たりがなく、件のアルトワークスぐらいではないかと思う。
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