DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の登場はインパクト絶大で、その変速レスポンス、フィーリングのよさで大絶賛。MT不要論、すべてのATはDCTに代わるのではないか思えるような勢いがあった。
しかし、実際には従来どおりMTは設定されているし、日本車ではDCTを搭載するモデルはごく少数派のマイナーな存在となっている。
なぜDCTは天下を取る勢いだったのにそれほど普及して理由を、クルマのメカニズムに詳しい鈴木直也氏が考察する。
文:鈴木直也/写真:HONDA、NISSAN、MITSUBISHI、VW、ベストカー編集部
DCTの登場のインパクトは絶大!!

日本市場にDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)が初めて導入されたのは、2005年のゴルフV GTXからだったが、クルマ好きにとってその衝撃は並々ならぬものがあった。
今ではよく知られているとおり、DCTはマニュアルミッションの奇数段と偶数段それぞれにクラッチを備えているのが特徴(ゆえに、デュアルクラッチ)。
シフトチェンジを行うときには、次に選択したいギアを先にエンゲージしておいて、クラッチの接続を切り替えることで一瞬で変速が完了する。
たとえば、1速でスタートする時点ですでに2速のギアは噛み合っていて、シフトアップは1速側クラッチを離すと同時に2速側クラッチをつなぐことで実行する。もちろん、このクラッチ制御やシフト操作はすべて電子制御の油圧作動。いかにもドイツ人好みの精密なカラクリ仕掛けだ。

従来のATでは、「攻めた」スポーツドライビングを行うと、トルコンが介在することによる駆動系のルーズさ、思いどおりに変速してくれないマニュアルシフト時のレスポンスの悪さなど、どうしても隔靴掻痒なもどかしさが拭えなかった。
ATにそんな先入観のあった時代、初めてDSG(フォルクスワーゲンにおけるDCTの名称)仕様のゴルフに乗った時の鮮烈なインパクトは忘れられない。
わずかなアクセル開度にも遅れなく反応する駆動のダイレクト感、アップシフトのスムーズさ、そしてマニュアル操作時のキレのいいシフトフィールなどなど……。
箱根のワインディングをかっ飛ばしつつ「これぞ理想のAT!」と大いに感動したのを覚えている。

DCTは瞬く間にクルマ好きを魅了
DCTの出現は、従来ATの不満をほぼすべて解消する画期的な発明。当時(少なくともぼくは)そう思ったわけだ。
当初、GTXやGTIなどのスポーツモデルからはじまったVWのDSG攻勢だったが、その走りの高評価にVWも自信を持ったようで、普及モデル用に乾式クラッチ7速モデルを投入するなど、急速にフルラインDCT化を推し進めてゆく。
VW・AUDIグループを中心とするドイツ勢でDCTモデルが一気に花開いたことで、2000年代のATの勢力分布は大きく変動。

アジア勢を主体とする燃費志向のCVTグループ。スムーズな走りを重視するトルコンステップATグループ。歯切れのいい走りに燃費効率も優れたDCTグループ。この3つの勢力がしのぎを削ることとなった。
この当時、新しいメカニズムに目がないぼくは、「燃費志向のコンパクトカーは別として、プレミアムカー分野では走りのいいDCTがステップATを圧倒するのでは?」と予想。
ぼくだけじゃなく、当時のエンスーはほぼ例外なくDCTのキレのいい走りに魅了されてしまったといっていい。
従来のステップATの反撃

ところが、その予想を覆したのがベンツやBMWをはじめとする老舗プレミアムブランドのAT戦略だった。
AUDIを除くドイツプレミアム2社は、AMG SLSやMシリーズなどのハイエンドスポーツにこそDCTを投入したものの、主力モデルにはトルコンステップATを堅持。
日本勢でもDCTを採用したのはR35GT-Rやラン・エボXのみ。トヨタにいたっては、DCTには目もくれないというスタンスだったのだ。
それどころか、これらトルコンステップAT派は自らのメカニズム改良に邁進。効率アップやレスポンス向上はもちろんのこと、ギア段数も8速9速10速と多段化。 日本ではレクサスがATの多段化の先端を行く。

かつてイマイチと言われたスポーツドライビング時のドライバビリティを、短期間のうちにDCTと大差ないレベルまで向上させてしまった。
そのいっぽうで、一時は天下を取るかと思われたDCTにアキレス腱があることが発覚。
電子制御で自動化されているとはいえ、DCTにはクラッチという摩擦板を滑らせて動力を伝達している。欧州のような流れのいい交通状況では問題にならなかった耐久性が、渋滞の多いアジアマーケットではクラッチの早期摩耗などで顕在化。

つい先日もVWジャパンが大規模リコールに踏み切ったが、中国などを中心とするアジアマーケットで、乾式クラッチDCTにトラブルが多発してしまったのだ。
実際のドライバビリティでも、渋滞でストップ&ゴーを繰り返すようなシチュエーションでは、DCTよりトルコン付きATの方が明らかにスムーズ。オイルという流体を介してトルクを伝えるだけに、耐久性の点でもトルコンに一日の長がある。
かつては燃費面でもドライバビリティ面でも弱点と思われていたトルコンが、制御技術の進化によって最近はむしろ長所となっているのだ(ホンダは北米でトルコン付き8速DCTを市販している)。

DCTはスポーツカーに搭載して最も輝く
また、最初は魅了されたDCTならではのキレのいいシフトフィールも、「DCTだからいい」のではなく、「いいDCTがいい」ということがだんだんわかってくる。
つまり、ポルシェのPDKやBMW Mなどが使うZF製のハイエンドスポーツ用DCTの走りは惚れ惚れするほどだが、たとえばゲトラグ製のコンパクトカー向け普及版ではそれほどでもなく、並みのトルコンステップATと大差ないレベル。
ライバルの性能が急速に進化したことで、かつて輝いていたDCTの魅力に影が差しているという状況なのだ。

率直に言って、現在のAT勢力分野でもっとも有力なのは進境著しいトルコンステップAT。続いて燃費性能を武器にアジアで強いCVT。最後尾が欧州で好まれるDCTという順位づけになっているように思う。
やはり、DCTはスポーツカーに使ったとき、その特性がもっとも輝くAT。普及モデルのDCTには、それほど魅力を感じられなくなったというのが最近のぼくの正直な印象でございます。
