2019年6月30日、F1第9戦オーストリアグランプリで、ホンダのパワーユニット(PU)を積む「レッドブル・ホンダ」が優勝。これはホンダにとって13年振りのF1優勝となった。
しかし、今はアイルトン・セナが現役だったF1ブーム期とは違う。この吉報をニュースで後から知ったという人が恐らく大半を占めるだろう。さらに、続いて7月14日に決勝を迎えた英国GPでレッドブル・ホンダは4位に終わっている。
きっと、ホンダがF1復帰後5年目にやっと掴んだこの1勝が、マグレだったのか、それとも実力で勝ち取ったものかなど知る由もない。かく言う筆者もその一人だ。
そんななか優勝の翌週、ホンダの東京・青山本社でF1活動全体のマネジメントを取り仕切る山本雅史マネージングディレクター(MD)に直接話を聞く機会を得た。
果たして優勝はマグレか実力か。そして、“ホンダらしさ”を考えるうえで、F1は本業の市販車とどう関わっているのか。ホンダF1のキーマンの答えとは。
文:ベストカーWeb編集部
写真:Getty imades/RedBull Content Pool、HONDA、編集部
13年振りVはマグレ…ではない!?

――今回の優勝はマグレですか? 実力ですか? いきなり失礼な言い方で恐縮ですが。
山本雅史MD(以下、山本) いえいえ(笑)。マグレかどうかと言うと、レースはマグレで勝つということはほとんどないので。今回、メルセデスがオーバーヒート気味で、フェラーリも若干そうだったと。
(ライバルも苦しむなか)パワーユニット(PU)の熱対策も含めて全部が噛み合ったというのが今回の勝利なので。僕は正直、オーストリアにおいては、レッドブルとホンダが良い仕事をしたし、実力で勝利を勝ち取ったと思っています。
――F1復帰以降結果が出ないなかでの優勝でしたが、何が変わったと考えていますか?
山本 ホンダとしてはマクラーレン時代の途中からPUを全部新しい設計に変えて、そのベースがあって今に至っています。
いまPU開発責任者の浅木(泰昭)とレースのテクニカルディレクターの田辺(豊治)、そして全体マネジメントの私と3人で上手く噛み合ってきたのもそうだし、積み重ねてきた結果が、今年のレースの流れを作っているのだと思います。
もうひとつ。悪い方向に行き始めた時に、どうやって切り替えるか。マクラーレンの時はそれが上手くできなかった。
その意味では、マクラーレンと学んだこと(もそうだし)、トロロッソと学んだこと……彼らと一緒にやるようになってコミュニケーションの中身も変わってきた。これらが総合力が上がっている要因かなと。
ライバルとの差は本当に縮まっているのか?

――外からみてルノーのPUとは互角になってきた印象もあります。ライバルとの差をどう見ていますか?
山本 (直近では)馬力面だけでいえば一番はフェラーリだと思うし、そこに凄く近いのがメルセデス。少し遅れてルノーとホンダがいる感じではないでしょうかね。
――ホンダが良くなってもライバルもまた強くなる。
山本 そうなんです。開発の伸びしろがやっぱりキーで、僕らとルノーのほうが伸びしろがあると思うんですね。もともとが低いから(笑)。そういう意味では、少しずつですが、フェラーリやメルセデスに近づいているとは思うので、引き続き頑張りたいと思います。
――昨季のレッドブルは年間4勝しています。今季、また勝てそうですか?
山本 今回は特に勝ちに行こうと決めていたレースなので……なかなかそういうレースってないんですよ。PU自体が年間3基、シーズンでいえば7レースに1基で、マイレージも見ながらレースを組み立てていくので。そういった意味では今回、結構攻めていたんですよね。
だから後半戦も……今回はレッドブルのホームだったし……その意味では鈴鹿とか。車体とPUのバランスが良いところ、本当に「ここはチャンスだ」という所では目一杯攻めて、今回のようなレースをまたやりたいと思っています。
F1どうなの?という人「いやぁ、いますよ」
――優勝に対するホンダ社内の反響はどうですか?
山本 やはり、勝つと何となく空気感が違います。
――「F1どうなの?」という人、いませんか?
山本 いやぁ、いますよ。モータースポーツこそホンダのDNAだと思っているし、会社にはそういう空気もたくさんあるけれど、ある意味(F1は)お金が出ていくのは明快だけど、儲けるというプロセスがないじゃないですか。
これはもう、目に見えないブランディングなので。HONDAを知ってもらう。そのためにやっているし、勝つとメディアの皆さんが取り上げてくれる。これを増やすことと「ホンダってこんな面白い企業なんだ」、「こんな凄いことやっているんだ」ということを、一人でも多くの人に伝えていきたい。
「頑張れ!」という人と「お前、いまビジネス大変だろ!」という人も、そりゃいますよね。だけど、モータースポーツやることでホンダが力強くビジネスができるようになるよね、というところを強力に(見せて)、手を握り合っていきたいと思っていて、そういう活動もやってきているので、それを広げていくしかないですよね。
――やはり今回の優勝は、社内的なアピールにも繋がった?
山本 もちろん、繋がっていると思うし、ニュースでも取り上げてもらえている。それを今まで(F1を)見なかった人が、少し気づいて、「こういう活用法できるかな」と思ってもらえると嬉しいですよね。
軽自動車からF1の開発者に!? “ホンダらしさ”とF1の関係

――“ホンダらしさ”を考えるうえで、本業の市販車とF1との関わりをどう考えていますか?
山本 いまF1のPUを作っている浅木は、この前まで軽を作っていた人間ですから。軽は軽で、軽自動車として最大限満足するための車作りをするわけじゃないですか。
そういうプロセス・思考が、今回「F1で勝つために」と命題が変わったなかで、彼はそこに挑み、良いジャッジをしたからこそ、この1~2年で方向性が変わって今のPUになっていると思っています。
――軽のN-BOXで日本一になって、F1も勝てば世界最速、かたやタイプRでニュルや筑波で最速を目指したりと、そういうバカみたいに1位を目指すことがホンダらしさかなと思うのですが(笑)。
山本 個人的には僕もそう思いますよ。一等賞ってこだわりだし、わかりやすいし、人に伝わりやすいじゃないですか。
ホンダって楽しいとか面白いとか「ホンダの車、ちょっと見てみようかな」という第一歩を踏み出すようなきっかけをたくさん作りたいなと思っています。
――そのなかの一番わかりやすい活動としてF1もあると。
山本 世界の頂点になるというのは、普通にやったのではなれない。何か違ったエッセンスを入れたり、人がやっている先回りをしたり、違ったことをやったり……だから、僕は今回の勝利は、ホンダっぽかったと思っています。
――ありがとうございました。