世界的な半導体不足の波が一向に収まらない。
トヨタは今月2日から5日間、愛知県豊田市の高岡工場の一部ラインを稼働停止し、カローラとカローラツーリング計9000台の生産に影響を及ぼしたばかり。また、ホンダは今月上旬に三重県の鈴鹿製作所での生産を5日間停止(いずれも執筆当時)。
クルマ界では、次々に減産やニューモデル発表スケジュールの延期や先送りなどに見舞われ続けているが、いったいいつになったらこの状況が改善されるのか?
そこで、実は半導体関連が本職であるコラムニスト フェルディナント・ヤマグチが専門家としての立場からレポートする!
※本稿は2021年8月のものです
文/フェルディナント・ヤマグチ 写真/ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2021年9月10日号
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■自動車業界に半導体が入ってこない??
すでに報道し尽くされている感もありますが、半導体が不足しています。不足が明らかになったのは年が明けた頃からで、国内外の自動車メーカーは半導体不足が原因で減産を強いられるように。
今年2月に米テキサス州への寒波襲来による大停電でインフィニオンとNXPの工場が生産停止、さらには3月にルネサス那珂工場の火災、と“世界3大車載半導体メーカー”は不測の事態で大きく躓くこととなりました。
しかし、半導体産業全体を俯瞰すれば、新型コロナウイルスによる勤務形態と生活環境の変化がフックとなって需要が増え、それに伴い生産量は順調に推移しているのです。
「半導体」という製品そのものはキッチリ増産され、市場に供給され続けている。それなのに自動車業界へ向けては半導体が回ってこない。半導体が来ないからクルマが作れない。これは地獄です。
それでは自動車メーカーの皆さまが泣き暮らしているかというと、実はそうでもない。
OEM各社の偉い方にお話を伺うと、皆さま実に鷹揚に構えていらっしゃる。なかには「ウチは別に減産しているワケじゃないよ。生産を先送りしているだけなんだ」と余裕のよっちゃんで言い切る方までおられるのです。
実際に生産ラインを一時停止しているのですから“減産”には違いがなく、売上も減るのですから、青くなってガクブルされて然りなのですが、「いや大丈夫、売れているから」の一点張り。いったいどういうことでしょう。
半導体不足でクルマが作れない。だから通常は注文してから1カ月で来るはずのクルマが2カ月、3カ月と時間がかかっている。なかには半年待ち、ヘタすると1年待ちも。
「フェラーリじゃあるまいし、フザケンナ!」と客が怒り出しそうなものですが、実はそうでもない。「そんなに待つならもう要らない。ほかのクルマを買う」とも言わない。ここが実に面白い、買う側の気持ちです。
そのキーワードは「フェラーリじゃあるまいし」にあります。
購買者心理として、長い納車期間はそのままそのクルマの人気の裏返しと見ることができる。クルマを買う人が、「注文したら納車は来年って言われちゃってさー」という嘆き節は、実は自分のクルマは人気車種であるということのアピールであり、一種の自慢話でもあるワケです。
私も先日ハイエースが納車されたばかりなのですが、それまでの間は自慢半分で嘆いてみせたものでした。先に登場し、「生産の先送り」と大見得を切った大幹部は、「客は決して逃げない。納期が長くても必ず買ってくれる」と確信しているのでは?
日本だけではなく、アメリカでも同じ動きが見られます。アメリカの販売現場では、日本のクルマのインセンティブが確実に下落しているのです。インポーターからディーラーに支払われるインセンティブは、値引きの原資になります。
この額が大きければ大きいほど、値引きをしやすくなる。人気のないクルマは値引きをしないと売れませんから、インセンティブを大きく設定します。で、この額が下がってきている。結果として、自動車メーカーの収益性が改善する、という現象が起きているのです。
●半導体がなかなかクルマ界に回ってこない理由とは?
では半導体はこのまま不足していてもいいのか? 無論そんなワケがありません。「生産の先送り」は、あくまでも先々の増産が大前提です。今のままでは増産など夢のまた夢でしかありません。
理由は単純で、9月になっても10月になっても車載半導体は自動車メーカーが要求する量が生産されないからです。半導体の生産は増えているのに、クルマには回ってこない。
そのメカニズムをお話ししましょう。別に半導体メーカーが意地悪をしているワケではないのです。半導体はシリコンウェーハの上に露光をして作られます。その工程は最先端の製品でおよそ500。
鏡面状態のシリコンウェーハを投入してから表面に回路が形成されるまでに、およそ3カ月もかかります。そこからさらに検査をして裏面を研削して一つひとつのチップに切り出してパッケージングをして……製品として客先に送られるまでには、さらに1~2カ月の時間を要します。
半導体を作るのには大変な時間がかかるのです。そして基本的には受注生産です。アスクルの事務用品のように、「注文したら明日来る」ような製品ではありません。
そんな大変な製品に対して、昨年の前半、自動車メーカーは半導体部品を大量にキャンセルしてしまいました。コロナの影響で一時的にクルマの販売が落ち込んだのが理由です。
一方、スマホやパソコンの需要は旺盛でした。当然それらのメーカーは半導体の確保に走りました。半導体メーカーからすれば、「クルマでできた穴を、情報機器関連が埋めてくれた」という形になるのです。そしてそうしたメーカーは、今後のことを見据えて、半導体メーカーと長期供給契約を結んでいます。
「私たちは自動車メーカーのように一方的なキャンセルなどしませんよ」というワケです。昨年3月から6月にかけての自動車メーカーのキャンセルの仕方は酷かったですからね。ありゃ怒りますわ。
●問題の“根”は自動車メーカー側の体制にもあった?
自動車メーカーの生産方法、購買方法にも問題があります。いわゆる「ジャスト・イン・タイム」です。「必要な時に必要なモノを必要なだけ持ってきてね」という例のアレです。JITはサイクルが順調に回っているぶんにはとても優れた仕組みです。在庫を抱えなくてすみますから。
しかし、何かトラブルが起きてボトルネックが発生するとたまりません。サイクルはイッキに破綻します。それが今の状況です。トヨタの被害が比較的軽微だったのは、阪神淡路大震災や東日本大震災の影響で痛い目に遭った教訓から、ヤバそうな部品は一定量の在庫を持ち、複数発注体制を整えているからです。
ほかのメーカーはトヨタから学ばなかった、ということになります。まあ、でもふつうの機械部品ならともかく、半導体に関してはどうにもなりませんわな。だって供給源がかぎられているのですから。
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