白バイを多用するのはアメリカ統治時代の名残といわれる!?
このように白バイを多用して要人の車列を円滑に走行させるのは、アメリカや諸外国などでは一般的に用いられている手法である。筆者が以前に取材したアメリカ大統領のニューヨーク訪問時では、20台以上の白バイが車列の直前を走行し、ルート上に支障がないか最終チェックを行いながら走行、歩行者など見物人が多い交差点では、他の警察官と一緒に道路上へ出ることのないように誘導を行うなどしていた。
特に沖縄は、アメリカ統治下でサンフランシスコ講和条約が発効した1952年に琉球政府が発足。それに伴い警察組織が新たに設置され、琉球警察が発足した。アメリカ軍などの払い下げのアメ車をパトカーとして使用しており、それと同時に白バイも多く活躍していたという。
警察官としての技術取得は当時のアメリカ軍の憲兵隊(MP)などから技術習得したが、交通ルールも『ナナサンマル』(1978年7月30日をもって、それまでの右側通行を一晩にして左側通行に変えた一大事業)を代表するように、自動車の右側通行など、当時は本土と違うことも数多く存在した。現在でも要人が沖縄を訪問した際に白バイを多用するのはそのような当時の名残が現在でも生き残っているのかもしれない。
警護車から身を乗り出し、飛び出してくる車両などを制止! 体を張った警護活動は迫力満点!!
要人が車列を組んで移動する際、走行中は不審車両や不審者の突入などを常に想定しているため、車列は要人の車両を護りながら陣形を変えて走行する。
その中でも、なんといっても警護員が警護車から身を乗り出して他の車両などに対して規制を行う姿は迫力満点である。身を乗り出して警護するその手法は警視庁をはじめ、どの都道府県警察でも行っているが、特に沖縄県警はその度合いが多く、マイクを片手に一般車両や歩行者に丁寧な広報を行いながら、全方位を警戒しながら走行していた。
大雨が降る中であっても、びしょ濡れになりながら任務を遂行している警護員らは、文字通り身を挺して警護活動にまい進していたのである。
SPなど警護員が乗車する覆面パトカーは『警護車』と呼ばれており、警護任務中はシートベルトの着用が法律で除外規定されている。警護任務によっては白黒パトカーや機動隊の車両など乗車することもあるが、これらも同様の措置が取られている。シートベルト着用除外規定が設けられているのは、出発地点や目的地到着の際に要人が乗降車する際、警護員が素早く対応し周囲の安全確保を行うためであるが、一方で走行中も場合によっては飛び出して暴漢を押え込むなども想定しているのだ。
警護車についてだが、要人が乗車する車両と車格を合わせることや、警護を行う観点から大排気量の高級車が選定され、全国には200系や210系クラウン、フーガ、レクサスLS460や600hなどが活躍している。また、SUV系も存在しており、スズキのエスクードやランドクルーザーも活躍している。車種によっては防弾架装されたものも存在するため、緊急時はそちらに要人を乗り換えさせて速やかにその場を離脱することも想定している。
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