クラウンだけが孤軍奮闘 ニッポンのFRセダンが凋落した理由

トヨタらしからぬ既存ユーザー無視の販売戦略

 そのうえで、1991年には後輪駆動の4ドアセダンとしてトヨタアリストが誕生する。これが米国ではレクサスGSとなる。後に、国内でもレクサス販売網が整備されると、アリストがなくなりレクサスGSとして販売された。

 国内にはマークIIという後輪駆動の4ドアセダンがあるにもかかわらず、なぜアリストが追加され、ほぼ同じ車格で競わなければならないのか。

1991年に登場した初代アリストはイタルデザインが手掛けたエクステリアと、3L、直6DOHCツインターボによる加速性能が魅力だった

 アリストは、運転を楽しめる4ドアセダンを特徴として登場したが、かつてマークIIにはGSSと呼ばれる高性能車種があり、モータースポーツへも参戦したほどだ。マークIIのなかにも躍動感をもたらす4ドアセダンという血筋はあった。

 トヨタとしては、将来的にレクサスでの車種構成の充実という意味や思惑があったかもしれない。しかしそれは日本の消費者に関係ないことだ。

 それでも、アリストをあえて選んだ所有者は、14年後の3代目でレクサスGSとしてしか購入できなくなった。一種の車名変更だ。

 なおかつ、トヨタは顧客との密接な関係を絆に堅調な販売と、優良顧客からの紹介という形で販売台数を拡大してきた歴史があるが、トヨタからレクサスへ店を変えることは、優良顧客にとって不便であり、親しんだ営業担当者との縁が切れ、不安なことにもなりかねない。

日本でアリストは初代、2代目が販売されたが、レクサスの日本展開を前に消滅。スポーツセダン好きの間では、アリスト消滅を惜しむ声が絶えなかった

セドリック/グロリアの消滅

 トヨタの話ばかりが続いたが、日産も、別の視点でメーカーの思惑と消費者の思いとの乖離を引き起こした。セドリック/グロリアからフーガへの車名変更や、スカイラインから日産のバッジを外し、インフィニティのバッジをつけることをした。

 日産セドリックは、初代クラウン誕生後となる1960年に登場した。またグロリアは、プリンス自動車時代の1959年に誕生している。

写真は1999~2004年まで販売された最後のセドリック(10代目Y34系)。エクステリアも秀逸で人気が高かっただけにフーガへの車名変更は事件だった

 そして日産と合併した後も、3代目までは独自の4ドアセダンとして開発・販売されていた。

 1971年に、同じクルマで車名のみ別という販売となり、日産セドリック/グロリアとして親しまれた。2004年まで、セドリック/グロリアとして30年以上の歴史を歩み、その間に優良顧客をずいぶん増やしてきたに違いない。

 ところが、日産もトヨタと同様に米国でインフィニティを立ち上げ、海外ではM+数字という車名で販売され、国内はフーガと名乗るようになった。スカイラインもインフィニティで販売する車種となり、海外ではG+数字という車名になる。

2004年にセドリック/グロリアの後継モデルとしてデビューした初代フーガ。セドリック、グロリアオーナーがクラウン、輸入車に予想以上に流れたという

日産を愛してきた人を切り捨てることになった販売戦略

 今日なお日本の自動車メーカーは米国での販売を重視しており、米国に合わせるなら、当然車体寸法は大きくなり、外観の造形も、広大な米国で見栄えのよい姿となる。

 日産のグローバル戦略としてはそれでよいのかもしれない。しかし、永年セドリック/グロリアを、なおかつセドリック党とグロリア党という志向もあったなかで、それを切り捨てる車両開発や車名変更が行われ、消費者の心は次第に冷めたはずだ。

初代よりもさらに存在感が薄くなって苦戦している2代目フーガ(2009年デビュー)。アメリカ主体のクルマ開発の弊害は大きすぎる

 やむを得ず、2003年にゼロクラウンと銘打ち、刷新を図ろうとしたクラウンに乗ってみたら、想像以上によいクルマだったとの思いを深めた旧セドリック/グロリア所有者もいたのではないか。

 加えて、サニー、ブルーバード、ローレルといった、トヨタでのカローラ、コロナ、マークIIに通じる道筋も、日産の3台は姿を消した。

 マーチや、新たなディーダしか残らず、そのティーダも国内では初代のみで2012年に販売を終えてしまった。

 日産車を愛好してきた人は、何を買えばいいのか? 結局ほかのメーカーを選ぶしかなく、そして次の上級車種として考えたとき、再び日産車へ戻りスカイラインやフーガを選ぶことがなくなったのではないか。

現行スカイラインは2014年にデビュー。インフィニティのエンブレムが不評だった。2019年のマイナーチェンジで日産エンブレム+Vモーショングリルに変更

 見知らぬ販売員と折衝するなら、輸入車へも視線がいったかもしれない。

 つまり、販売増による拡大路線と、車名変更とによって、中型後輪駆動の4ドアセダンを永年愛用してきた消費者の思いを途切れさせたのはメーカー自身であり、それは単に1台のクルマの話ではなく、そうした行為を平然と行う自動車メーカーへの不信感ともつながったはずだ。

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