米国の大統領選挙で、現職のドナルド・トランプ大統領に勝利したジョー・バイデン前副大統領が、年明けに大統領に正式に就任することになりそうだが(まだ揉めている部分もあるが……)、そうなった場合自動車産業にはどのような影響があるのだろうか?
トランプ大統領といえば「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」で、アメリカに工場を作って、アメリカでクルマを生産しろ! と強権をふるったことは記憶に新しいが、バイデン氏はその路線を変えることになるのだろうか?
またカリフォルニア州が打ち出したような環境規制を推進するような人物なのか? 考えらえる変化、そしてそれが自動車メーカーに与える影響について考察していきたい。
文/桃田健史
写真/Adobe Stock (Golf_MHNK@Adobe Stock)、編集部
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■オバマ政権へ逆戻り? 貿易協定が変わるのか?
いろいろあったが……、なんとか2021年1月に米バイデン政権が誕生しそうだ。となると、自動車産業はどう変わるのか?
「どう変わる」とは、4年前のトランプ政権発足で「大きく変わった」ことの裏返しだとも言える。
基本的に、トランプ政権ではオバマ政権が立案した政策を継承しない、というわかりやすいものだからだ。
また、民主党から共和党への政権交代という以上に、ドナルド・トランプ氏という不動産業を基盤としたビジネスマンが世界最強級の権力を握るという、前代未聞の出来事が自動車産業政策を直撃した。
キャッチコピーは、日本でもすっかりお馴染みになった「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」である。
その上で、製造業を持続的に拡大するとして、自動車メーカー各社にアメリカ国内での既存工場の拡張、新規工場の建設、またそれに伴う雇用の拡大を要請してきた。
そのなかで、1990年代に発効した北米自由貿易協定(NAFTA:ナフタ)についても見直しを図った。アメリカの自動車産業はこれまで、製造コスト削減のため、カナダとメキシコに生産拠点を分散する事業体制を敷いてきたが、これを軌道修正する必要が出てきた。
筆者も、1990年代後半から2010年代にかけて、カナダとメキシコでデトロイト3(GM、フォード、現在のステランティス)や日系各メーカーの最終組立工場や関連部品メーカー工場を数多く視察してきたが、どのメーカーもNAFTAを前提とした北米事業計画を積極的に進めてきた。
そこへ来てトランプ政権による、いきなりのアメリカ・ファーストである。
影響は現実の話となり、フォードは16億ドル(約1650億円)を投資して新設予定だったメキシコ工場計画を白紙撤回し、ミシガン州内工場の拡充を発表した。また、トヨタは2017年以降の5年間で、全米各工場で合計130億ドル(約1兆3400億円)もの投資を行うことになった。
こうした自動車メーカー各社の事業方針の転換は、個社としての判断としてだけではなく、日米両政府の通商交渉と連携した動きだといえる。
また、中長期の投資事案について見ると、自動車メーカー各社としてはバイデン政権になってもいきなり方針転換するワケにもいかない。工場進出先の州政府や地元自治体などと様々な協議を進めてきたからだ。
ただし、日本にとって最重要産業である自動車をやり玉に挙げて、農業など他の産業でのディール(取引き)をするといった姿勢は、トランプ政権時よりは”和らぐ”のではないだろうか。
バイデン氏は、メディアを通じて国際協調を主張しており、日米の2国間通商交渉の在り方についても柔軟な変化が生じる可能性がある。大枠としては、トランプ政権が”永久封印”と称したTPP(環太平洋連携協定)や、中国の影響力が強いRCEP(地域的な包括的経済連携協定)などとの関係についても、世界情勢を捉えながら慎重に関係改善に動くかもしれない。
■推進される電動化と自動運転
技術的な領域では次世代車政策について、バイデン政権はどのように動くのか?
まずは、パワートレーンの電動化だ。トランプ政権下でも、直近のアメリカ市場ではデトロイト3が電動化戦略に積極的だ。
具体的には、フォードが「マスタング」のクロスオーバーである「マッハE」。GMはGMCブランドで「ハマー」をスーパーEVとして復活させると発表した。両モデルとも、発表直後から安定した受注を確保している。
また、ステランティスはジープ電動化ブランド「4xe(フォー・バイ・イー)」の訴求を進めている。まずは都会派SUVの「レネゲート」を日本を含めて市場導入し、またアメリカでは「ラングラー ルビコン」の「4xe」をすでに発表。同社本社関係者によると、カリフォルニア州内の過酷なオフロードで走行会を実施し、各方面から高評価を得ているという。
こうした電動化のトレンドが、バイデン政権では一気に加速しそうだ。
※編集部注:ステランティスはフィアット・クライスラー・オートモビルス(FCA)と プジョーS.A.(グループPSA)が合併して生まれた新たなグループ
最も大きな理由は、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が2020年9月に発表した、「2035年までにインターナルコンバッションエンジン(内燃機関)の新車販売禁止」という政策だ。
同州は1990年から、世界に先駆けてEVなど次世代環境車について、自動車メーカーに対する事実上の販売台数義務化を課している。これが、ZEV法(ゼロ・エミッション・ヴィークル規制法)だ。トランプ政権では、このZEV法と連邦政府環境局EPAによる燃費規制が、ダブルスタンダードとなっていることに懸念を示しており、連邦政府による基準の統一化を訴えてきた。
カリフォルニア州は民主党の支持者が多く、ニューサム知事も民主党に属していることから、バイデン政権ではZEV法を積極的に取り入れる可能性もある。また、合わせてトランプ政権が完全否定し、大幅な規制緩和を計画していた、オバマ政権下で決まった企業別平均燃費(CAFE)の厳格化についても、これを継承する可能性が高い。
日本としても、菅政権が掲げる「2050年カーボンニュートラル」を鑑み、一部報道にあった「2030年前半(または半ば)のガソリン車(内燃機関車)の新車販売禁止)」と、バイデン政権での電動化推進政策が今後、連携していくことが予想される。
次に、自動運転だが、こちらもバイデン政権になって普及政策が一気に進む可能性がある。
なぜならば、オバマ政権が自動運転政策に積極的な姿勢を示してきたため、トランプ政権発足後に、それまでのイケイケなムードが一気にトーンダウンしたからだ。
実際、筆者は2010年代前半からアメリカ政府機関が関与する自動運転関連の国際カンファレンスを現場で取材してきたが、トランプ政権になってから、自動運転に関する連邦政府の所管機関であるDOT(運輸省)やNHTSA(運輸省道路交通安全局)の態度が一変した。
日系メーカーの自動運転開発統括者らは「明らかに風向きが大きく変わった」と表現した。
このほか、IT産業のメッカであるシリコンバレーでは、次世代車開発のキーワードであるCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリングなどの新サービス・電動化)や、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)に関連する大小の企業が混在している。そうした領域のビジネスマンと、バイデン政権がどのように付き合っていくのか?
自動車産業の飛躍に向けて、シリコンバレーの彼らとさらに踏み込んだ議論が必要不可欠だ。
以上見てきたように、バイデン政権ではオバマ政権が築いた政策を上手く応用しながら、新しい自動車産業政策を描いていくことになろう。