「もし自車が水に浸かったら、そしてそれが海水だったら、決して自分で動かそうとせず、すぐに消防署へ連絡すること」という鉄則がある。エンジンが水に浸かった車両は、再びエンジンを始動しようとすると深刻なダメージを起こす可能性があり、さらに海水の場合は発火、つまり車両火災が発生する可能性があるからだ。
以下、東日本大震災の際に被災地で活動し、多くの車両火災に直面した著者が、そのメカニズムと対処法を解説します。
文/照井資規(元陸上自衛隊衛生官)
写真/AdobeStock、スライド/照井資規(アイキャッチ写真:AdobeStock@bartsadowski)
【画像ギャラリー】海水に浸かるとバッテリーがショートすることも! 水没した車両からはすぐに脱出!!
■海水に車体が浸かると炎上する可能性がある
筆者が東日本大震災の夜に目にしたのは、避難する被災者を乗せた自動車が海水に浸かり次々と炎上していく一面の火の海であった。陸上自衛隊の災害派遣部隊として担当地域である久慈市に到着した21時少し前のことである。翌日、夜明けとともに行動を開始し、車内で生きながらにして焼かれたご遺体の収容にあたった。
自動車が海水に浸かると炎上することは、2018年の台風21号により兵庫県の神戸港や尼崎西宮芦屋港にて発生した約20件の車両火災や、西宮市の人工島にある自動車のオークション会場が冠水して保管していた中古車など計約190台が炎上したことでも注目されている。
図「海水に車体が浸かると自動車は炎上するおそれがある」のとおり、淡水は電気を通さないが、海水は電気を通すため、普通の自動車がバッテリーの端子位置まで海水に浸かった場合、車体が炎上するおそれがある。
図「車体の電子回路の短絡による炎上」のとおり、電気を通す海水に車体の電気系統が浸かることで本来の電流が流れているべき電気回路以外の場所で、2点が相対的に低いインピーダンス(電圧と電流の比)で電気的に接続される状態、日本語で「ショート」と略される現象が発生し、流れてはならない場所に電流が流れてしまうため、電子機器が誤動作を起こしたり、設計値を超える大電流が流れた異常発熱による半導体、抵抗器、コンデンサなどの電子部品の破損や高温による発火、発煙による有毒ガスの発生などが起きる。情報機器の場合はデータ消失のおそれもある。
走行用モーターに電力を供給する大電力バッテリーを搭載したハイブリッド車や電気自動車には、ショートした瞬間にブレーカーを落としてシャットダウンする安全機構が設けられているが、普通の自動車にはそうした安全策が講じられていないことが多い。
バッテリーメーカーもバッテリーを海水に浸けるなどの試験は行っているし、自動車メーカーも塩水路での走行試験や融雪剤への耐性試験なども行ってはいる。しかし、それぞれの試験では「安全」であっても、バッテリーが車体の電子回路に接続され通電している状態で、電気を通しやすい海水に浸かると炎上しやすいことは事実であり、過信してはならない。
「ショート」は地震などの避難後の家屋で生じる「通電火災」の原因の一つでもある。筆者も札幌の真駒内駐屯地にて勤務していた時期、米軍進駐時代に建てた教会が老朽化により傾き、鉄骨が配線を切断したことによる火災現場に遭遇したことある。氷点下の真冬であったため、ショートが発生した鉄骨付近が焼けた程度であったが、地震などで避難する際は電気のブレーカーを必ず落とすことを心掛けるべきだ。
塩害によるショートの問題は住居の電気設備でも問題となっている。
一般的に海岸から2kmの範囲にある電気設備には塩害対策が施されているが、気候変動により毎年のように訪れる、以前よりも強度を増した台風は、塩害対策を施している地域よりも内陸にまで海水を飛ばすようになり、その電気設備に塩の結晶が付着している様子が報道されるようになった。自動車にも住居にも気候などの変化に合わせた新たな対策が求められるようになっている。
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