ほんとにSUVになっちゃうの? 世相とともに振り返るスカイラインの64年

ほんとにSUVになっちゃうの? 世相とともに振り返るスカイラインの64年

 スカイラインは特別なクルマだ。日本のクルマ好きを惹きつけてやまない魅力が歴代モデルに脈々と受け継がれているからだろう。本企画を担当した編集部の2名も各々R30、R32&33を所有してきた。

 複数台所有が難しい日本では一台のクルマに多くの要素が求められる。葬儀会場に乗りつけても悪目立ちせず、ゴルフバッグを飲み込んで快適にゴルフ場まで移動でき、時には峠を走る。もちろん普段の買い物にだって気軽に使えねばならない。スカイラインは常にそれらの要求に真面目に応えようとしてきた。

 そんな日本人の暮らしに寄り添ってきた歴代スカイラインと日本の世相について、ここでは振り返ってみたい。

※本稿は2021年7月のものです
文/永田恵一 写真/日産、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2021年8月10日号

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■1950年代・1960年代・1970年代のスカイラインたち

■初代プリンススカイライン(1957~1963年)

 初代スカイラインはプリンス自動車の社名が富士精密工業だった1957年4月に登場。

 初代スカイラインは当時の5ナンバー枠を一杯に使ったプリンスセダンの後継車となるモデルで、その意味では当時の初代クラウンなどに近いところもあるモデルだった。

初代プリンススカイライン(1957~1963年)

 初代スカイラインはリアサスペンションにド・ディオンアクスルを採用するなど先進的なモデルで、モデルサイクル終盤にはクーペとコンバーチブルを持つスカイラインスポーツも追加された。

 この頃の日本は世界最小のトランジスタラジオが開発され、街頭テレビやカラー放送の実験が始まるなど、戦後の復興が順調に進む明るい時代だった。

●世の中の出来事:街頭テレビ

■2代目プリンススカイライン(1963~1968年)

 プリンス自動車から1963年9月に登場した2代目スカイラインは5ナンバーフルサイズの高級車という役割をグロリアに任せたこともあり、初期モデルは直列4気筒の1.5Lエンジンを搭載。

2代目プリンススカイライン(1963~1968年)

 しかし、1963年の第1回 日本グランプリでの惨敗の雪辱のため、1964年にノーズを伸ばし、2L直6(G7型)を搭載したGTを追加。スカイラインGTは第2回 日本グランプリで一瞬ながらポルシェ904を抜き、これがモータースポーツでの「スカイライン伝説」の始まりとなった。

 1963年は7月に日本初の高速道路となる名神道の一部区間が開通した年で、これも日本車の性能向上のきっかけのひとつとなった。

●世の中の出来事:名神高速開通

■3代目スカイライン(1968~1972年)

 ハコスカと呼ばれた3代目スカイラインは1966年8月にプリンス自動車が日産と合併したため、プリンス自動車の名残を感じるところは多々あったものの、日産車として1968年8月に登場した。

3代目スカイライン(1968~1972年)

 3代目スカイラインからは2L直6(L20型)を搭載したGT系がメインとなり、1969年2月にはレーシングカーのR380の2L直6DOHCをデチューンし搭載したGT-Rを追加。GT-Rは当時のツーリングカーレースでは49連勝を含む通算50勝以上を飾った。

 3代目スカイラインが登場した1968年は、12月に東京都府中市で東芝社員のボーナスが輸送中に強奪された3億円強奪事件が起きた年だった。

●世の中の出来事:3億円事件

■4代目スカイライン(1972~1977年)

 1972年9月に登場し、キャッチコピーからケンメリと呼ばれた4代目スカイライン。プラットフォームがローレルと共通となるなどプリンス色が薄れたのに加え、上り調子だった当時の時代背景もありボディサイズを大幅に拡大するなど、硬派なハコスカから軟派な路線へ大幅にキャラクターが変わった。

4代目スカイライン(1972~1977年)

 しかし、この路線変更は大成功し、商業的にはスカイライン史上最も成功したモデルとなった。またケンメリにも1973年1月にGT-Rが設定されたものの、第1次オイルショックや排ガス規制といった特にスポーツモデルには厳しい向かい風もあり、ケンメリGT-Rは超短命となった。

●世の中の出来事:第1次オイルショック

■5代目スカイライン(1977~1981年)

 1977年8月に登場した5代目スカイラインは「日本の風土が生んだスカイラインジャパン」というキャッチコピーから、ジャパンというニックネームが付いた。ジャパンはシャシーこそ正常進化したものの排ガス規制の後遺症もあり、初期モデルは動力性能に見るべきところはなかった。

5代目スカイライン(1977~1981年)

 しかし、1980年4月に430型セドリック&グロリアに続く直6、2Lターボ(145ps/21.0kgm)を追加し、スカイラインらしい切れ味を取り戻した。

 ジャパンが登場した1977年は王貞治氏が当時のプロ野球のホームランの世界記録となる756号を9月に記録したほか、人気絶頂だったキャンディーズが解散した年でもあった。

●世の中の出来事:王貞治氏756号

■1980年代・1990年代のスカイラインたち

■6代目スカイライン(1981~1985年)

 1981年8月に登場した6代目スカイラインは広告に俳優のポール・ニューマンが器用されたことで、「ニューマン」とも呼ばれた。

6代目スカイライン(1981~1985年)

 6代目スカイラインには登場2カ月後の1981年10月に直4、2L DOHC(FJ20E型)を搭載するRS、1983年2月にはターボを加えたRSターボが追加され、スカイラインらしいスポーティなイメージを向上。

 ただ、RS系はGT-Rの再来を思わせるモデルながら、4気筒エンジンだったためGT-Rの名前は与えられなかった。6代目スカイラインが登場した1981年頃はカラス族、ロックンロール族といった○○族が注目されたほか、ピンクレディーが解散した年でもあった。

●世の中の出来事:竹の子族

■7代目スカイライン(1985~1989年)

 1985年8月に登場した7代目スカイラインは「7代目」モデルということから、「セブンス」というニックネームが付いた。

7代目スカイライン(1985~1989年)

 7代目スカイラインは当時のマークIIをはじめとしたハイソカーブームに惑わされたこともあったのか、ローレルとの差別化が明確でなく、スカイラインらしいスポーツ性は薄い、大きく重いモデルだった。しかし、マイナーチェンジでモータースポーツベース車となる限定車のGTS-Rを追加するなどした点は救いだった。

 セブンススカイラインが登場した1985年は世界最悪の航空機事故となるJAL123便の墜落事故があったほか、プラザ合意が結ばれた年だった。

●世の中の出来事:日航機墜落事故

■8代目スカイライン(1989~1993年)

 1989年5月に登場したR32型8代目スカイラインは、全長を短くするなど、生まれ変わったようにスカイラインらしいスポーツ性を取り戻した。

8代目スカイライン(1989~1993年)

 さらに当時のツーリングカーレース制覇を目的にしたGT-Rも16年ぶりに復活。2.6Lツインターボ+4WDのアテーサET-Sというパワートレーンを搭載したR32型スカイラインGT-Rはツーリングカーレースでの連戦連勝に加え、チューニングカーのベースとしても人気を集め、その人気はいまだ衰えていない。

 8代目スカイラインが登場した1989年は元号が昭和から平成に変わり、バブルの絶頂期という日本が一番輝いた時代だった。

●世の中の出来事:バブル最盛期

■9代目スカイライン(1993~1998年)

 1993年8月に登場したR33型9代目スカイラインは、R32型が人気はあったものの、商業的には期待に届かなかった原因が室内の狭さにあった判断し、3ナンバーサイズにボディサイズを拡大。エンジンも2.5L直6を中心としたものになった。

9代目スカイライン(1993~1998年)

 R33型スカイラインの標準車は充分なスポーツ性は持っていたが、絶対的な速さに欠ける点は否めなかった。しかし、その雪辱は独ニュルブルクリンクで8分を切るラップタイムを記録したGT-Rが果たしている。

 R33型が登場した1993年はサッカーJリーグの発足やレインボーブリッジの開通など、まだバブルの余波が感じられた時代だった。

●世の中の出来事:Jリーグ開幕

■10代目スカイライン(1998~2001年)

 1998年5月に登場したR34型10代目モデルはプラットフォームこそR33型のキャリーオーバーながら、全長の短縮やボディ剛性の大幅な向上などにより、スカイラインらしいスポーツ性を取り戻した。

10代目スカイライン(1998~2001年)

 また、翌1999年1月に追加されたGT-Rも含め、直6エンジンの搭載など、今になると古典的なところも否めないが、この点は見方によっては「スカイライン」らしさでもあり、GT-RをはじめR34型の中古車が高値安定なのもよくわかる。

 R34型が登場した1998年は長野冬季オリンピックが開催されたほか、サッカーワールドカップに日本が初出場するなど、スポーツに関する話題が多い年だった。

●世の中の出来事:長野冬季五輪

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