「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
文/清水草一
写真/ダイハツ、フォッケウルフ
■軽自動車肥大化の時代に登場したシンプルモデル
販売的にはやや不振で、一代限りで消滅したが、2005年に登場したダイハツ・エッセは、名車と呼ぶのにふさわしい軽自動車だった。当時すでに国内の自動車市場は飽和状態で、伸びているのは輸入車と軽自動車だけ、という二極化が進行していた。そんななか登場したのが、最軽量・最廉価のエッセだった。
それまでの軽は、意外なほど燃費が悪かった。ワゴンRに始まったトールワゴンブームによって、車両重量は増加の一途をたどったが、排気量が660㏄に制限されてるので、ノンターボだとエンジンをブン回さないと走らず、かえって効率が落ちるという悪循環に陥っていたのだ。
リッターカークラスに比べると、パワーはないし燃費は悪い。美点はコンパクトさ、税金や保険料の安さ、加えて地方では車庫証明がいらないという手軽さのみ。個人的には、当時の軽自動車を、「軽優遇政策が作り出したいびつなクルマ」と見なしていた。
しかしエッセは、走りに関する不満を、ほぼすべて解消していた。「シンプルを極めた」という謳い文句通り、いらない装備はすべて捨て、68万2500円からという激安価格を実現。最近ではスズキのアルト「A」が、100万円を切る価格で「軽の原点に返ったモデル」と言われているが、17年前のエッセもまさにそれだった。
■スーパーカー以上の幻の名車!?
車両重量700~780kg。そしてエンジンは新開発のロングストロークタイプ「KF-VE型」(ノンターボ)。最高出力は58ps/7200rpm。最大トルクは6.6kgm/4000rpm。この数値、それまでのダイハツの軽エンジン(EF-VE型)とほとんど変わらないが、実際のフィーリングはまったく違っていた。
最大の違いは、ボア×ストロークだった。以前のEF-VE型が68.0mm×60.5mmのショートストロークタイプだったのに対して、エッセのKF-VE型は63.0mm×70.4mm。低い回転でもトルクがあり、車体の軽さと相まって、日常域の動力性能が段違いだったのだ。
エッセはルックスも光っていた。シンプルな台形フォルムは大地を踏ん張る安定感があり、どこかルノー5を思わせた。安いから貧乏くさいかと思ったら正反対で、すがすがしくてかえってオシャレさんだった。自動車専門誌のマニアたちも、「イタリアの小型車っぽい」と、こぞってエッセを絶賛した。
ただ、発売当初は、最廉価グレードの「ECO」を除いて、ミッションはトルコンの3速ATか4速AT。私は「5速MTのECOに乗ってみたい!」と切望したが、純ビジネスユースモデルにつき、広報車の用意があるはずはなく、ディーラーにも試乗車はない。つまり、モータージャーナリストであっても、買わないかぎりまず乗ることのできない、スーパーカー以上の幻の名車(当時そう推測)だったのだ。当時エッセECOは、新車で買えるクルマの中で最軽量、最廉価という勲章もあり、ある意味自動車界の一方の頂点に立つスターだった。
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