「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
文/清水草一
写真/日産
■日産の社長も乗っていた”特別な存在”
東京オートサロンで、新型フェアレディZが日本初公開された。その壇上で日産の内田誠社長は、「社会人になって最初に買ったクルマがフェアレディZでした」と述べ、自身と愛車の写真も公開した。
内田氏が乗っていたZは、4代目、Z32型である。内田氏は当時、入社間もない若き商社マン。ボデイタイプは2by2(定員4名)、ツインターボのMTで、色はガンメタとのことである。小学生時代に『サーキットの狼』を読み、国産車のヒーローだった初代フェアレディZ(432)に憧れていたので、Zを購入したという。
私も1989年、社会人5年目にして、Z32を買っている。同じく2by2でツインターボのMT。色はシルバーだった。現在50代のクルマ好きにとって、いわゆる「サンニーZ」は特別な存在だ。そこには2つの大きな理由がある。
第一に、3L V6ツインターボで280馬力というスペックだ。当時のクルマ好きは、とにかくスペックにこだわった。使い切るかどうかにかかわらず、誰もが馬力の大きいクルマに憧れたし、大馬力のスポーツカーに乗るのは、男の勲章そのものだった。280馬力という数字は、当時国産車として最高。その後280馬力自主規制が始まったことから、スペック的には長らく頂点に君臨した。
二つ目は、グラマラスなスタイリングだ。全幅1790mmという数字は、これまた当時の国産車としては最大級。前型のZ31の全幅は1725mmで、5ナンバーをわずかに上回る程度だったのに対し、1790mmの全幅は圧倒的。
デザインも従来のロングノーズ・ショートデッキから、斬新なキャブフォワードルックに生まれ変わり、とにかくボリュームたっぷりで猛烈にカッコよかった。当時の若者は、ビッグマック的なボリュームに飢えていた。サンニーZは馬力といいルックスといい、大盛りを超えたメガ盛りなイメージで、個人的には「まるで和製ポルシェ928だ!」と思った。
また、ホイールベースの違う2シーターと2by2のデザインが、まったく同じイメージでまとめられていたことも、デザイン的な長所だった。ぶっちゃけ、2by2でもカッコよかったということだ。それまでのZは、2シーターのほうが圧倒的にカッコよく、2by2はルーフが間延びしていてイマイチ。若者が2シーターを買うのはいろいろな意味で勇気が必要だが、2by2なら定員5名のクーペと大差なく、家族も納得させやすかった。
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