■コンパクトカー
●初代フィット
2001年登場の初代フィットは、ホンダ独自のセンタータンクレイアウトを基盤にした広いキャビンとラゲッジスペースを持つなど「ファーストカーとして使えるコンパクトカー」を目指したモデルだった。
さらに、初代フィットは実用性だけでなく雰囲気の明るい内外装を持つなど、ユーザー自身の気持ちも豊かにするという魅力も備えていた。それでいて価格は必要な装備が揃うAグレードで114万5000円と、実用性の高さを持ちながら、ほかのコンパクトカーより安かったほどで、売れる要素しかなかった初代フィットは大ヒットした。
また、初代フィットの価格は当時のコンパクトカーに大きな影響を与え、初代フィットの大ヒット以来しばらく周りのコンパクトカーは初代フィットに価格を合わせざるを得なくなったほどだ。
■セダン
●初代セルシオ
1989年登場の初代セルシオは、当時の日米貿易摩擦により日本からアメリカへの輸出台数制限があったこともあり、「比較的安い価格帯のモデルは現地生産とし、日本から輸出するクルマは高額車とする」という背景のなかで誕生し、ベンツSクラスやBMW7シリーズをターゲットとした高級車である。
初代セルシオはオーソドックスな高級車ながら特に各部のクォリティ、静粛性をはじめとした快適性の高さ、動力性能と低燃費の両立などでは世界の名だたる高級車を凌駕し、初代セルシオだけの世界を持っていた。
さらにアメリカでの価格は当時のメルセデスベンツミディアムクラス(現Eクラス)やBMW5シリーズ程度で、日本での価格もベーシックグレードながらABS以外フル装備のA仕様/455万円から、エアサスでショーファーユースに対応するC仕様Fパッケージ/620万円と、C仕様Fパッケージでも当時のメルセデスベンツ230EやBMW525i並みと激安で、初代セルシオの日米での当然だった。
●初代ディアマンテ
1990年登場の初代ディアマンテはトラクションコントロールやカーナビといった当時の三菱自動車が得意としていたハイテク装備は目立っていたものの、クルマ自体はごく普通のFFラージセダンである。
では何が新鮮だったかというと、平成に入って前出の初代アルトのところで書いたように物品税が消費税に変わったのと、昭和の時代まで3ナンバー車は5ナンバー車の倍となっていた自動車税が排気量500cc刻みを基本に段階的に上がるというものになり、3ナンバー車が買いやすい環境となったことだ。というタイミングで見栄えがよくてキャビンも広い3ナンバーボディと2.5LV6エンジンを中心とした初代ディアマンテは登場した。
クルマ自体の商品的な魅力に加え、2.5LV6を搭載した初代ディアマンテの価格は、量販グレードの25Vで245万2000円(FF車)と、当時のマークII三兄弟やローレルの2L直6DOHC搭載車と同等と激安だった。初代ディアマンテがヒットしたのはよくわかるというものだった。
■ステーションワゴン
●4代目レガシィ
2003年登場の4代目レガシィは、3代目モデルからBMW3シリーズのようなプレミアムカーとしての魅力を持ち始めたレガシィをさらに進化させたモデルだった。
具体的には3ナンバー化により若干全幅は広がったものの、タイヤの切れ角が増えたことによる総合的な取り回しの向上に加え、2Lターボと3L6気筒のATが4速から5速化されたこと、アルミパーツの多用による軽量化、塗装をはじめとした各部のクォリティの劇的な向上などが施された。
結果、4代目レガシィは欧州のプレミアムカーには及んでいなかったものの、プレミアムカー日本代表として高い将来性を感じさせるモデルに仕上がっていた。
それでいて4代目レガシィツーリングワゴンの価格は全グレード4WDでベーシックな2.0iが218万円、2Lターボを搭載する2.0GTが295万円(それぞれAT)と周りの日本車とそれほど変わらなかったのだから、当時のクルマ好きがレガシィに熱狂したのは当然だった。
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