ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。
第二十六回目となる今回は、本当に様々なことが起こった2023年。経済アナリストならではの視点でそれらを振り返りながら、2024年以降の世界と自動車業界とを展望する。
※本稿は2023年12月のものです
文/中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)、写真/テスラ、ほか
初出:『ベストカー』2024年1月26日号
■EV普及に対する猜疑心に揺れる日本、そして世界
多くのサプライズが起こり、新しい展開を迎え続けた自動車産業。100年に一度の大変革を生き残るべく、数多くのドラマがありました。筆者の考える2023年の10大イベントを選出、解説します。2024年の重要なポイントが見えてくるでしょう。
トヨタの電撃的な経営交代が2023年のすべての始まりでした。誰しもが予想しなかった年初のタイミングで、トヨタは経営体制の交代の決断を下します。
豊田章男氏が会長へ退き、弱冠53歳(当時)の佐藤恒治氏が社長に昇格したわけですが、狙いは「デジタル化、電動化、コネクテッド」などの次世代車における競争力とその成果をいち早く発揮させるところにあったのです。
佐藤恒治新社長は矢継ぎ早に新体制の取り組みを発表し、「トヨタはEVに出遅れているのでは?」という市場の不安を一蹴。円安や東京株式市場の特出した株高に後押しされた側面がありますが、空前の好決算を叩き出し、トヨタの株価は2023年(12月15日現在)に42%も上昇しました。
このトヨタの株高は、実はテスラの株安の裏返しでもあります。テスラの株価は確かに大底の年初から倍増していますが、年央以来下落基調にあり、企業価値の尺度である時価総額は114兆円(ピークは175兆円)に縮小。
トヨタ(12月15日現在)の42兆円と比較して、その格差はピークの4.5倍から3倍弱まで縮小しました。要するに、EVから内燃機関へ価値の揺り戻しが起きているわけです。
この背景には、EV普及に対する猜疑心が徐々に高まってきていることがあります。
EVの販売台数は資本市場の予想を下回って進捗しています。補助金に支えられてきた主力EVの販売が欧米では冴えず、在庫増加やインセンティブが増大しています。フォードとGMはEV投資計画の先送りを決定済みです。
中国においても同様です。
新エネルギー車(EVとプラグインハイブリッド車)の比率は直近2023年10月に乗用車市場全体の37%に達したというニュースは確かに衝撃的であります。
しかし、EVは2022年秋から25%でほぼ横ばい、伸びているのは内燃機関を搭載しているプラグインハイブリッド車なのです。
先進国のEV市場は、早い段階で新商品に飛びつく「アーリーアダプター」の需要が一巡し始め、次に台頭する「アーリーマジョリティ」に向けたEVの提供価値の進化が追いついていない様子です。
新しい商品やサービスを浸透させる際に発生する「深い溝」をキャズムと言います。
EVという新しい価値は比較的裕福で、新しいものを積極的に受け入れるアーリーアダプターにまずは普及しています。しかし、より大きな消費者層(=マジョリティ)に届くだけの買いやすさや使いやすさはまだ確立できているとは言えません。
筆者も、EVシフトがなんら踊り場もなく進むと考えたことはありません。ところが、世界的な金利上昇、景気悪化に伴う消費者マインドの悪化、厳しい中国経済の実態が、想定より早い踊り場を呼び込んだと言えます。
キャズムを超えた先には、一般的な消費者が普通にEVを購入する時代が訪れるのかもしれません。現在の自動車産業は、キャズムの先へどう進んでいくべきか大いに悩んでいるのが実情なのです。
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