マツダは今から60年も前からロータリーエンジンの開発に情熱を傾け、多くの名車を生み出してきた。その中でもっとも強いインパクトを与え、スポーツカーファンを魅了してきたのがRX-7だ。
マツダは、東洋工業を名乗っていた1967年5月にコスモスポーツを発表し、発売している。コスモスポーツは、世界で初めて2ローターのロータリーエンジンを搭載し、量産に成功した流麗なスポーツカーだ。この系譜に連なり、走りのDNAを受け継いでいるのがRX-7で、生産を終了した今も世界中に熱狂的なファンを持つ。
残念ながら、脱炭素社会を目指し、自動車界にも電動化の波が押し寄せている昨今、このRX-7のようなロータリーピュアスポーツがこの先、新たに発売される可能性は非常に低い。ただこのRX-7についていえば、その船出からして厳しい社会情勢であった。だからこそ、当時を知る自動車ジャーナリストに、なぜマツダはRX-7のようなクルマを発売できたのか。その足跡と道程を紹介していただいた。
文/片岡英明 写真/MAZDA
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