輸送密度世界一を支える日本の大動脈!! 東名自動車道50周年の軌跡と構想

輸送密度世界一を支える日本の大動脈!! 東名自動車道50周年の軌跡と構想

東京と名古屋をつなぐ東名高速道路。まさに日本の大動脈とよぶにふさわしい、物流、そして人を運ぶ日本の経済活動には欠かせない大事な路線だ。

そんな東名高速が2019年5月26日に全線開通50周年を迎えることになる。今回はそんなアニバーサリーを記念して、清水草一さんに東名高速のこれまでを振り返ってもらおう。

文:清水草一/写真:ベストカー編集部
ベストカー2018年9月10日号


■いろいろあった50年

東名高速道路といえば、日本の高速道路の象徴。それが全線開通してから、まもなく半世紀になる。

ただし、日本最初の都市間高速道路は名神で、そっちは東名の4年前、1965年に全線開通している。これには事情があった。

戦後間もなく、「国土開発縦貫自動車道構想」というものができ、それをもとに1953年、国会議員有志によって、東京〜神戸間を結ぶ高速道路計画が具体化した。

ところがこの計画によると、東京〜名古屋間は、現在建設中のリニア新幹線同様、南アルプスをトンネルで縦断するルートだった。

これに対して建設省は、東海道沿いのルートを提示して対抗。激しい論争となって決着がつかず、結果的に名古屋〜神戸(正確には西宮)間の名神高速が先に建設されることになったのだ。

結局この論争は、東海道・中央道ルートを同時に着工することで折り合いがついたが、中央道ルートは技術的に建設が難しく、当面富士吉田(現在の河口湖)までということになり、東名が名神に接続する大幹線となることが確定。

1969年に全線開通したという流れなのである。

新東名や新名神が開通した今、改めて東名を走ってみると、カーブや勾配がキツくて走りにくい。

新東名は設計速度120km/hといわれており、その走りやすさは東名とは段違い。こんなところにも時代の移り変わりを感じる

由比PA(静岡県)付近では海岸線ギリギリを走っていて、台風のたびに波がかかり通行止めになる。

こういった設計になったのは、名神・東名の設計、建設に際して、ドイツ・アウトバーンの建設技師であったドルシュ氏が指導にあたったためだ。

意外に思われるだろうが、アウトバーンは「なるべく自然の地形に沿って建設する」という理念。

トンネルを減らし、山は極力カーブで避けるようなルートがとられている。ぶっちゃけ、ドイツと日本とでは、地形の複雑さがまるで違う。

おかげで東名や名神は、ずいぶんとクネクネした高速道路になった。逆に新東名や新名神は、あらゆる地形を無視した直線的なルートがとられたため、ドライバーは非常に快適だ。しかし費用対効果を考えると、東名・名神に軍配が上がる。

その後東名高速は、約半世紀にわたって日本の物流の脊梁としての重責を担ってきた。

その間日本経済は高度成長を遂げ、輸送量は飛躍的に増加したが、東京〜名古屋間の物流は常に東名が主役。

1982年に中央道が全線開通してバイパス路として加わり、1991年には、御殿場から東京寄りの6〜7車線化が完成したが、とにかく東名は毎日毎日、交通容量を超えるクルマを走らせ続け、なんとか耐えてきた。

実は東京〜大阪間の人やモノの輸送密度は世界一。日本の大都市の多くが、この線上に位置するためだ。それを40年以上ほぼ1本で支え続けた東名高速は、日本経済のために、ボロボロになるまで奉仕した大功労者である。

私は以前、「東京〜大阪間の高速道路が1本しかないのは、先進国の基準に照らせば狂気」と書いたが、半世紀の間、本当にご苦労様でした、と最敬礼したい。

次ページは : ■2020年、東名高速はどうなる!?

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