あの事故から5年…今伝えたいミハエル・シューマッハの“本当の素顔”

あの事故から5年…今伝えたいミハエル・シューマッハの“本当の素顔”

 通算91勝、7度のシリーズチャンピオン獲得……。ミハエル・シューマッハが、F1で残した記録は未だに破られていない金字塔だ。そして彼が、引退後のスキー中に事故を起こしてから丸5年が経過。今月3日には50歳の誕生日を迎えた。

 2013年末の事故で脳に損傷を負って以後、翌2014年9月には退院したことも伝えられたが、その近況については家族のポリシーもあり、ほとんど明かされていない。

 シューマッハ氏といえば現役時代、数々の記録を塗り替えると同時に、いつしか“皇帝”、“サイボーグ”と呼ばれるようになった。しかし、F1以前から彼を追った筆者が触れた「ミハエル・シューマッハ」は、そうした冷徹なイメージとは異なるものだったという。

文:段純恵
写真:Ferrari S.p.A.、段純恵


皇帝とは正反対だった21歳の“シューマッハ青年”

06年イタリアGPで筆者が撮影したスナップ写真。同GPでシューマッハは1回目の引退を発表。号泣するチームスタッフを優しく迎えたシューマッハの姿に、筆者も思わず目頭が熱くなった

 大事にしている3枚の写真がある。

 1枚目は1990年マカオGP、2枚目は1991年スポーツカー世界選手権(SWC)鈴鹿、そして3枚目は2006年F1イタリアGPで撮ったもので、21歳、22歳、そして37歳のミハエル・シューマッハがそこで微笑んでいる。

 思えばこの1990年マカオの最終ラップで、オーバーテイクをしかけてきたミカ・ハッキネンをブロックして接触、ハッキネンは壁にブチ当たり、自身はリアウィングを失いながらも勝利のチェッカーを受けた時から「強引」、「卑怯」、「勝つためなら何でもやる」といった負の枕詞がシューマッハについてまわるようになった。

 けれど、私にとってのシューマッハは、マカオのパドックで初めて会った時から感じの良い、人を惹きつける「Charm」のある男の子だった。

 当時のマカオF3は土曜日が休息日となっていて、その日はタイパ島や香港へ息抜きに出かけるドライバーやチーム、関係者が多かったが、初マカオで右も左もわからないまま、ただコースを徘徊していた私は、何かをつかめないかとその日も朝からパドックをうろついていた。

 案の定、F3ガレージの周辺は人かげもまばらだったが、一箇所だけスタッフがマシンを囲んでいるピットがあり、それがシューマッハとそのチームだった。

 カメラをブラさげて離れた場所から遠巻きにみていた私に、「写真、いいよ」というようなゼスチャーを送ってきた男の子が、翌日、劇的な優勝を飾るドライバーだとは予想どころか認識さえしていなかった。

 というのも私は、大本命と目されていたミカ・ハッキネンの顔と名前は一致していたが、シューマッハの名前と顔は一致していなかったのだ。

 マヌケにもホドがある話だが、単語羅列の超低レベル英会話で何をどう話したのか、30年近く前のこととて記憶が定かでない。相手の英語力は私を遙かに上回っていたが、後年F1の記者会見で発揮されるネイティブの如き流暢さはまだなかったように思う。

関係者が口を揃えるシューマッハの人柄

チームメートのルーベンス・バリチェロ(左)と肩を組み、笑みを浮かべるフェラーリ時代のシューマッハ

 その翌春、SWC鈴鹿のウェルカムパーティで再会した彼に一緒に写真を撮ってもらって良いかとたずねたら、いきなり肩をがっちりホールドされてビックリした瞬間、鈴鹿の広報氏がシャッターを切った。

 ありがとう、明日のレース頑張ってねと、相変わらずのヘタクソな英語で言うと、「僕は上達したけど、あなたは変わってないねえ」といたずらっぽくニヤッとされて、思わずハハハと一緒に笑ったことが恥ずかしくも嬉しくも思い出される。

 その後、ヨコハマタイヤのベテラン技術者から「何年もマカオに行ったけど、フラットスポットのできたタイヤを自分で抱えて僕らのところにやってきて、『このタイヤまだ使えるか?全力で走っても大丈夫か?』と聞きにきた選手は彼くらいだよ」という話や、ドイツF3で弟のラルフ・シューマッハと同じチームにいた日本人選手から「お兄ちゃんは本当にいい人ですよ。弟はアホですけど」という話など、シューマッハと近しく接したことのある人たちから聞く話はどれも彼の人柄やドライバーとしてレースに向き合う姿勢に対して好意的な話ばかりだった。

 そんな話を遠く日本でぽつぽつと聞き集めている間に、当のシューマッハはずんずん出世し、私がF1をメインに取材するようになった1990年代後半には押しも押されもせぬワールド・チャンピオンとしてサーキットに君臨していた。

 しかし、そこで私がまま耳にしたのは、『アンチ・シューマッハ』の大合唱だった。

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