MGU-Hが消える2026年のF1 PU戦争は? かつてのパワーウォーズは馬力無制限、1000馬力モンスターが当たり前だった

■ベネトンB186のBMW1.5ターボエンジンは、予選では1450馬力を超えた

 当時、筆者の在籍していたベネトンでは86年にB186というマシンを走らせていた。当時のドライバーはゲーハート・バーガー(日本的にはゲルハルト・ベルガーと言うが)、そしてテオ・ファビがドライブしていた。

 エンジンはBMW直4ターボエンジン、巨大なシングルターボチャージャーを搭載していた。通常走行では850〜950馬力程度が使われていたが、いざ予選になるとターボのウェイストゲートは外され、ブーストプレッシャーはエンジンが回転している限り無限に上がり続けるシステムを使用していた。

 制限なしのブースとプレッシャーは実に6.5バールをはるかに超えてしまうのだ。こうなるとセンサーはブースト圧をキャッチできなくなり、データーギャザリングは全て停止、エンジンは突然失火を起こしてしまう。この圧力には点火プラグも働かなくなり、エンジンは予選走行中にいわばパワーリミッターのごとく息つきを起こしてしまうのだ。この息つき前で仮想計算では1450馬力を超える。

 1500ccの4気筒エンジンが、この出力だ。もちろんアタックラップの1周だけが勝負で、計測ラインを越えるときには、もはや息つきを超えてエンジンがねを上げてしまう。そしてクーリングラップに入った途端にエンジンやターボがブローしてしまうのだ。まさに1ラップエンジン、予選スペシャルであった。そしてパワーウォーズ終盤では常時1200馬力が普通に使われるまでに進歩したのだから、まさに狂気のパワーウォーズであった。

■新たなレギュレーションでアドバンテージを取ったホンダ

厳しい規則を打ち出してきたFIAにホンダは低燃費ハイパフォーマンス技術で他のエンジンメーカーを圧倒した。マクラーレンホンダMP4/4は1988年15勝
厳しい規則を打ち出してきたFIAにホンダは低燃費ハイパフォーマンス技術で他のエンジンメーカーを圧倒した。マクラーレンホンダMP4/4は1988年15勝

 パワーウォーズの行き過ぎが懸念され、新たな規則はこの戦争を終息させようと動き出した。燃料制限、使用燃料量の制限、ブーストプレッシャーの上限規定、それも2度にわたって低下していった。

 結果、パワーウォーズはエンジンの制御技術へと変わっていったのだ。真っ先にその制御技術でアドバンテージを取ったのが、そう、第二期ホンダであったことは言うまでもない。極端に燃費コントロールの効率化が進められ、エンジン技術も燃費とパワーを両立させる見事な制御を繰り出してきた。厳しい規則を打ち出してきたFIAに、他のメーカーが反対するなかホンダだけはこれに反対しなかった。制御への自信を、規則変更後のおおきなアドバンテージにしてしまったのだ。15戦14勝の記録はこのアドバンテージが生んだ結果であった。

【画像ギャラリー】ハイブリットPUで無敵だったメルセデスと、まだ発展途上だったホンダPU(3枚)画像ギャラリー

津川哲夫
 1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
 1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
 F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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