■2015年から高度な自動運転技術が世界で注目され始めた
冒頭のe-Paletteによる事故では、視覚に障がいをもった方が被害に遭われた。事故当時、被害者は「安全つえ」と呼ばれる白杖を手にされていたと推察されるが、視覚に障がいをもたれた方にとって自ら移動することは危険が伴う。
筆者は2018年に盲学校の生徒さんたちと自動運転技術について議論する場を得ていた。そこで聴かれた、「クルマが急接近してくると怖いと感じるし、一人で道路を歩くのはむずかしいです」という言葉が未だに残っている。
2015年、メルセデス・ベンツは自律型自動運転リサーチカーであり、自動化レベル4相当の自動走行を行なう「F 015 Luxury in Motion」を発表した。
F015は自車の前方に道路を横断しようとしている歩行者を発見すると停止して、フロントグリル内からグリーンレーザー光線を路面に照射して疑似的な横断歩道をつくりだし、さらに「Please go ahead!(お進みください!)」と歩行者に向けて会話(正確には発話のみを)行なう。
この時、ボディ後部の赤色LED部には「STOP」と表示し、後続車に対しても意思表示を行ない自車と横断歩行者の安全を確保する。
思えば2015年を皮切りに、レベル4以上の高度な自動運転技術が世界で注目され始めた。しかし、こうした人とコミュニケーションを行ないつつ、自らの安全な進路確保とともに、歩行者や他車との融合を図るという車両はメルセデス・ベンツのF015以降、目にする機会が非常に少ない。
2019年のIAAでは、積水化学工業がフロントガラスに詳細な文字を反射させる特殊なガラス素材を発表。会場の車両モックアップには画像にあるように「Please go ahead」の文字がくっきり浮かび上がっていた。
現場スタッフは「聴覚に障がいをもたれる方でも自動運転車両とコミュニケーションが図れるようにした」と開発目的を説明する。すばらしいなと感じたのは、歩行者から見てちょうどドライバーの顔位置と重なる場所に文字を外向けに反射させていたこと。ルールも教科書もない領域での発案は、まさしく想像力のなせる技だ。
現在、日本や欧州、北米での自動運転技術開発は競争領域で盛んだ。同時に実装に向けた法整備も進むが、メルセデス・ベンツや積水化学工業で紹介したような、人と自動運転車両とのコミュニケーション手段については歩みが遅い。しかし、止まってはいないようだ。
■「安全は人とクルマでつくるもの」
学生の頃にまとめたスクラップ(1990年4月の東京新聞)に興味深い記事が残っていた。
「将来、白杖に小型通信機器が埋め込まれ、周辺を走るクルマなどにその情報が発信され、視覚障がい者の存在を知らせドライバーに注意喚起を行ないます。
また、歩道からはずれそうになると音や振動でそれらを知らせてくれたり、横断歩道での押しボタン式信号機に近づいた場合は、自動的にボタンが押された状態になったりします。このように技術は人に寄り添い進化していくのです」。
小型通信機はさしずめBluetooth LEにあたる。1990年といえばインターネットなど情報共有ツールが一般的ではなかった時代だが、それだけに道路利用者の想像力が旺盛だったのか……。2019年には、通信機器を内蔵した白杖「WeWALK Smart cane」が開発され、サイトでは$599で販売されている。
「安全は人とクルマでつくるもの」。これは1970年代後半に日産自動車のCMで使われていた安全標語だ。
1970年の交通事故死者数は過去最多の16,765人を記録。これを受け事故減少に向けた安全技術の開発が本格化する。1970年代後半は、急速に普及してきたLSIなどの集積回路が一般化し、クルマには次々に新しい安全技術が実装される。と同時に、ドライバーには「機械に任せれば安心で安全だ」という風潮も見られた。
日産の標語は、安全技術に対する誤った理解を正した。それから40年以上の時を経たが、この標語はまるで今を生きる我々に向けたメッセージのようで感慨深い。
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