ベストカー本誌の過去記事から名企画・歴史的記事をご紹介する「ベストカーアーカイブ」。今回は、日本を代表する作家、宮崎駿と村上春樹、2人の作品に出てきたクルマたちを調べた企画をプレイバック！（本稿は「ベストカー」2014年3月26日号に掲載した記事の再録版となります）
文：叶精二、ドリー／キャプション：編集部
■宮崎駿監督作品に登場する自動車たち
宮崎駿監督作品に登場する自動車には大きく分けて3種類ある。第1に実在の車種、第2に架空のオリジナルデザイン、第3に実在か創作か不明（または曖昧）なクルマである。
実在車種としては、まず『ルパン三世カリオストロの城』に登場するクルマたちが挙げられる。ルパンの愛車フィアット500、花嫁姿のクラリスが運転していたシトロエン2CV、銭形警部の日産ブルーバード410型など。
ほか、近未来を舞台とした短編『On Your Mark』のラストで警官2人と翼の生えた少女が乗る黄色のアルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー、『千と千尋の神隠し』冒頭、千尋の父が運転するアウディA4クワトロなど。これらのクルマたちは監督本人や製作スタッフの愛車で、実物を参考に作画されていたという。
フィアット500は、宮崎監督の先輩アニメーター・大塚康生の愛車。『ルパン三世』テレビ第1シリーズの演出として途中参加した宮崎監督のアイデアでルパンの愛車に。
その理由は、それまでルパンが乗っていたベンツSSKが描きにくく、フィアットのほうがずっと描きやすいから。さらに、いつでも駐車場で実車を観察できるから。ちなみに、大塚は軍用車両研究家で、タミヤ模型の指南役を務めた専門家である。
シトロエン2CVは宮崎監督自身の愛車。映画『恋人たち』（1959年ルイ・マル監督）で同車を見て強烈に印象に残ったことから、1967年に「息子（宮崎吾朗）の保育園送迎用」として、免許取得と同時に大塚康生の仲介で1954年製の中古車を購入。
1971年に1966年製中古、1981年に新車を購入して乗り継ぎ、途中別車に乗り換えたものの、2014年現在も乗っているほどの愛着ぶりである。
アウディA4は、2000年代に宮崎監督が乗っていたクルマ。こちらは、エンドロールに「協力」としてアウディジャパンの社名があり、同車種の広報車からドアの開閉音やエンジン音が録音されているという。
余談だが、宮崎監督は1990年代には「日本に数台しかない」といわれたイギリス製スリーホイラー「トライキング」に乗っていた。こちらは度々故障し、映画に登場することもなかったが、爆音を轟かせて走る深紅の車体は、さながら『紅の豚』であった。
次に、オリジナルデザイン車を列記したい。
『名探偵ホームズ』に登場する手回しクランク・スターター式の「プロト・ベンツ」、同系列のデザインで『天空の城ラピュタ』でドーラ一家が乗り回すオートモービル、『崖の上のポニョ』で宗介の母リサが運転するピンクの軽自動車、通称「リサカー」など。どれもモデルはありそうだが、かなり誇張されているようだ。
ちなみに、リサカーのナンバーは「333」だが、『カリオストロの城』のフイアットのナンバーは「R-33」で、ラッキーナンバーとして継承されている。
最後に、創作か実在かが判別できないクルマたち。
『となりのトトロ』冒頭の引越シーンで、サツキとメイの姉妹が荷台にのり込んでいたオート三輪。ダイハツ・ミゼット（DK型）や、新三菱重工業（現三菱自動車）の「三菱・みずしま」などのモデルが指摘されてきたが、設定に明記はない。同様に、終盤にメイを探すサツキが出会うカップルの乗るツノハンドル型のオート三輪、父が通勤に使うバスなども車種は不明。
『魔女の宅急便』には、冒頭のキキの父・オキノの乗るクルマをはじめ、コリコの町中を行き交うさまざまなクルマが登場。いずれも実在の1950～1960年代の欧州車風デザインだが、これも具体的な車種は設定されておらず。
『紅の豚』中盤、ポルコがピッコロ社に飛行艇を持ち込んだ際に運転していたトレーラーはフロントグリルに「A◇I」のマークがあるが、社名も車種も不明。秘密警察に追われるポルコがフィオを乗せてハンドルを切るトレーラーには「FIAT」の文字があるが、車種の設定はなし。
『風立ちぬ』で主人公二郎たちが乗るタクシー、名古屋市内を行き交うクルマなども特に車種の指定はされていない。
概観すると、3つの種別はあれど、好みは明らかにレトロな手作り感に傾倒している。アニメーションは絵に生命を吹き込む仕事。スクリーンに躍るクルマたちは、すべて手で描かれて生命を得たものであり、その意味では分け隔てなく創作なのである。
●TEXT／叶精二……映像研究家。亜細亜大学、東京工学院アニメーション科講師。著書は『宮崎駿全書』ほか。HP「高畑勲・宮崎駿作品研究所」
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