【絶滅種を愛そう】今はなき美しき4ドアハードトップ車たち 5選

【絶滅種を愛そう】今はなき美しき4ドアハードトップ車たち 5選

美しいシルエットを実現していたサッシュレスの4ドアハードトップ(HT)は4ドアモデルのクーペ版であり、まさに花形であって、乗用車ニーズのなかで大きなシェアを占めていた。

2ドアクーペの優雅さを4ドアにも与えることで、豪華さや特別感を演出する狙いがあった4ドアHTは、多くの子供たちに「大人になったらこういうクルマに乗ってみたい!」と思わせるオシャレさがあった。

このため、自動車産業が成熟するとともにさまざまなモデルに4ドアHTが設定され、送り出された。

しかしながら、この4ドアHTはバブル期である90年代に絶頂期を迎え、2000年を境に続々と採用モデルが生産を終了。気がつけば絶滅種となり、今では「4ドア」といえばすなわちセダンを指す言葉となってしまった。

あれほどの高い人気を誇った4ドアHTの消滅の背景には、RVやミニバンブームにおけるユーザーの居住性重視の志向に加え、90年代から側面衝突などより高度な衝突安全性の実現に向けた取り組みや高速域での静粛性向上にサッシュレス構造が仇となることなどから、メーカーも4ドアはセダン構造の中で差別化を図っていくという選択をしたことにある。

そんな「失われた魅力」をまとう4ドアHT、本企画ではそれを代表するモデルたちを振り返り、復活を期待したい。

走破性と走行性能を両立したクロスオーバーSUVが大流行するのであれば、美しいデザインと走行性能と安全性能をクロスオーバーした4ドアHTだって(復活すれば)流行するのではないか!? 
文:大音安弘


■トヨタ カリーナED 1985〜1998年

トヨタ カリーナED G-Limited(1993年式)
トヨタ(3代目)カリーナED G-Limited(1993年式)

世界の4ドアハードトップモデルの元祖ともいえる画期的なモデルがカリーナEDだ。2ドアクーペの持つ優雅さと4ドアモデルの実用性を兼ね備えた4ドアハードトップ(HT)のスペシャルティカーとして、1985年に送り出された。

最大の特徴は、やはりそのデザイン。トヨタ初のピラーレス4ドアHTによるクーペライクなシルエットは実にスタイリッシュ。

キリリと引き締まったマスクも相まって、スポーティかつ優雅でありながら、若々しさも備えていた。

インテリアも専用デザインとし、スペシャルティカーに相応しいものに仕立てられていた。このためカリーナを名乗っていたが、そのキャラクターは、ベースを共有するセリカの4ドア版ともいえた。

因みに名前のEDは「エキサイティング・ドレッシー」の頭文字である(長年の疑問が解けた人もいるのでは……)。

トヨタの狙いは見事的中。若者だけでなく、洒落っ気のある年配層にも受け入れられ、大ヒットを記録した。

3世代で生涯を終えたが、最後まで自身の個性であるスタイリッシュな4ドアHTというコンセプトを守り抜いた男気のあるモデルでもあった。

■日産ローレル 1968〜2003年

日産 (6代目)ローレル(1989年式)
日産(6代目)ローレル(1989年式)

日産の中で4ドアHTを最後まで守り抜いたのが日産ローレルだ。

セダンからスタートしたローレルは、ハイオーナーカーの元祖でもあった。

このため、パーソナルユースのニーズを意識して1977年登場の3代目(C230)と早い時期から4ドアHTを設定。1986年登場の6代目(C33)からは、4ドアHTに一本化された。

特に最後のピラーレスとなった6代目(C33)は、その構造から、走りの面では不利であったが、4ドアHTの魅力である解放感が存分に味わえた。

 販売面ではライバルのマーク2には遠く及ばなかったが、そのシックな大人の雰囲気を評価するファンも多かった。

 C33では4ドアHTらしいスタイルを優先したため、後席居住性に不満が多く、7代目(C34)では4ドアHTでありながら、セダンぽいスタイリングに……。

最終型となる8代目(C35)では軌道修正を図るもすでにニーズはなく、返り咲くことなく、FFの4ドアセダンであるティアナにあとを譲った。

次ページは : ■スバルレガシィセダン 1989〜(1998年からは「B4」に改名)

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