後世に語り継ぎたい「日本クルマ界 歴史の証人」日産カーデザイナー 松尾良彦【VOL.1】

■入社直後の若造デザイナーがずいぶんと生意気なことを

日産入社後、初めてのデザイン作品となったダットサン・ベビー試作第一号車
日産入社後、初めてのデザイン作品となったダットサン・ベビー試作第一号車
『子どもの国』園内で子供たちに囲まれているダットサン・ベビー。クルマを取り囲むようにガードが装備されている
『子どもの国』園内で子供たちに囲まれているダットサン・ベビー。クルマを取り囲むようにガードが装備されている

 当初、そんな状況にあることを知らなかった私は、やる気に満ちていた。そんなところに回ってきた初仕事というのが神奈川県にある「子供の国」の自動車「ダットサン・ベビー」のデザインだ。

 もちろん新人に不満など言っている暇はなかったし、まずは実績を残すこと。そしてなにより運転する子供たちが心から喜んでくれるクルマをデザインしたいと思った。

 まず使用するシャシーだが、愛知機械工業のコニー・グッピーのものとなった。メカニカルな部分でも2ペダル式のトルクコンバーターだから、子供にとっても操作は易しく、乗りやすい。またエンジンも単気筒の空冷ということになれば、「子供の国」でのメンテナンスも楽になる。

 サイズ的にはちょうどいいと思ったが、助手席には付き添う親が乗ることを考えると、オモチャのように小さなクルマではいけないなど、いろいろと考慮することは多い。

 早速デザインするわけだが「一人でやれ」ということだったので責任重大。当初はグッピーそのもののデザインを少し手直しする程度でいいと言われていたが、いかにも商用車というデザインのままでは、とても子供たちに夢を与える存在にはならない、と思った。

 そこで私は遊園地の乗り物であっても「ちゃんと走れるスポーツカーを絶対に作ってやろう」と決めて、2シーターのクーペスタイルというデザインスケッチを一気に描いて制作に回した。

 市販車でもなく、台数も限定されているからクレイモデルを作る時間もなかった。しかし、私のなかには流線型のスポーツカーのデザインしかなかった。

 こうして完成したダットサン・ベビーは本格的なクルマとしても通用するほどのミニスポーツとして存在感を示すことができた。そのクルマに乗り、心から嬉しそうに子供たちが運転する姿を目の当たりにすると、デザインの大切さをより強く感じたのだ。

2014年、こどもの国開園50周年を記念して日産名車再生クラブがレストアした100号車
2014年、こどもの国開園50周年を記念して日産名車再生クラブがレストアした100号車

 そのデビューから半世紀、2015年に開園50周年を記念するかたちで「子供の国」に保管されていた車両が完全レストアされ、日産本社のギャラリーでの展示や「こどもの国」開園50周年イベントなどで、その姿を見せていた。デザインを担当したものとしては感慨深いものである。

 さて、私がこのダットサン・ベビーを担当している頃、デザイン部にとって大きな変化が訪れようとしていた。

 前出のデザイン部を率いていた佐藤章蔵氏が退社された後の2世代目のブルーバード(410)や2世代目のセドリックなどを手掛けていたピニンファリーナから、発売を前にして試作車が日本に送られてきた。それを見た私は「このクルマはダメだ、売れないよ」と思わず言ってしまった。

 入社してそれほど時間の経っていない、おまけに本流ではない日芸出身の若造のひと言が、社内では「大先生になって言うようなことを若造が言うんだ」とチョットした騒動になってしまった。

 だが私は“売れない”と直感したのだ。

 そして実際に売り出してみると苦戦。ヨーロッパでは好評を得ていた“尻下がりのデザイン”は日本では不評であり、しのぎを削っていたトヨタのコロナに初めて販売台数でリードを許すことになったのだ。同じようにピニンファリーナが手掛けた2世代目のセドリックも苦戦をしていた。

 すると今度は「お前が批判したんだから、ブルーバードのマイナーチェンジでは、お前が直せ」と言われたのだ。人のやった尻拭いかと思ったが、取りあえずやらざるを得ない状況である。ここからの悪戦苦闘の証言は、次号で行いたいと思う。

【画像ギャラリー】技術の日産をデザイン面から支えた松尾良彦氏が生み出した名車たち(15枚)画像ギャラリー

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