1968年2月に創業し、今年で55周年を迎えた光岡自動車。新車でクラシカルなデザインのクルマが手に入ること、そして1台1台丁寧なクラフトマンシップによって製作されていることから多くのファンから支持を得ている。そんな光岡自動車の55年間を振り返る!!
※本稿は2023年2月のものです
文/永田恵一、ベストカー編集部、写真/ベストカー編集部、光岡自動車
初出:『ベストカー』2023年3月10日号
■ミツオカ創業55年の歴史を振り返る
富山県富山市に本社を置き、日本クルマ界のなかで異色の存在感を放ち続けている光岡自動車が、2023年2月で創業から55周年を迎えた。これまでに数多くの独創的なクルマを世に送り出しているが、その個性的な世界観とデザインの虜となったファンは数多い。
55周年を迎え、富山にカフェとショールームを併設したグランドストアの開業や、新型ビュートの発表を控えるなど、常に新しい挑戦を続ける光岡。55年続いた個性派メーカーが歩んできた旅路を、生み出された名車たちとともに一度振り返ってみたい。
■挫折しても立ち上がるチャレンジ精神
光岡の歴史は自動車ディーラーから独立した現会長の光岡進氏が、1968年に開業した板金塗装業から始まる。その後、業務範囲をみるみる拡大させていき、業績も伸ばしていった。
1回目の転機は1982年のこと。光岡氏はクルマ造りという夢を実現すべく、1979年に社内に開発部を設立。当時原付免許で乗れるイタリア製のマイクロカーを販売した経験から、自社製マイクロカーとなるBUBUシャトルを発売した。
光岡はマイクロカーを拡充したのだが、1985年の法改正でこのマイクロカーは原付免許で運転できなくなってしまい売り上げが激減してしまう。マイクロカー生産のために新工場への大きな投資もしていたため、大きな痛手を受けた。
そこで次に光岡氏が目をつけたのは、アメリカで見たキットカー(ユーザーが自分で組み立てるクルマ)だった。1987年にVWタイプI(空冷ビートル)ベースの、ベンツSSKレプリカであるBUBUクラシックSSKを発売。これが大きな反響を集めたのだ。
以来光岡は既存モデルをベースに、全長を大幅に延長したクラシカルなエクステリアを持つラ・セード(1990年、S13シルビアベース)などを続々発表した。
次なる転機は1994年のゼロワンだ。ゼロワンはNAロードスターのパワートレーンを使った、和製ロータスセブンだ。フレームは光岡製で、組み立て車として発売したのだが、嬉しい誤算として想定以上の注文が集まった。
量産のため各種データを提出し、1996年に型式取得。光岡は日本で10社目の乗用車メーカーとなったのだ!
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