■R32スカイラインとZ32フェアレディZ、そしてP10プリメーラが!
その象徴として力を入れて開発したのが、次の3台だ。ターボ車も設定する4WDとFRスポーツはR32型スカイライン、後輪駆動の高性能スポーツカーはZ32型フェアレディZで、世界最高の走りを目指した。もう1台が、FF方式を採用するオースターの後継としてミドルクラスに投入された初代プリメーラだ。
FF車の傑作が多いヨーロッパ市場を狙った戦略車で、1990年の早い時期に発売を予定していた。開発主管は、座間工場でVWサンタナのノックダウン生産を担当し、ヨーロッパ赴任も経験した事情通の津田靖久氏だ。
まったくの新型車として日産陣営に加わったプリメーラが獲得を狙うユーザーは「知的な積極派」である。自己の拡大達成に積極的であり、社会規範のなかで自己の価値基準を重視するオピニオンリーダー層をターゲットにした。
また、クルマ作りでは「快適コンフォートの価値基準」を重視し、パッケージングには徹底的にこだわった。これとは相反する、意のままの気持ちいい走りを高い次元で両立させることも与えられていた課題のひとつである。鮮烈なデビューは1990年2月だった。
■S13シルビア後期型の2LNAよりも10ps向上
エクステリアは、キャビンを前に出して大人4名が充分な空間を確保できるキャビンフォワードのプロポーションが特徴だった。全長4400mm、全幅1695mmのコンパクトサイズだが、キャビンだけでなくトランクも深くて広い。
ピラーを傾けて空気抵抗も大幅に減らしている。インテリアも機能的なデザインだ。メーターからセンタークラスターまでを一体的にテザインし、操作系スイッチも使いやすく並べられた。
パワーユニットはSR系の直列4気筒DOHC2機種を設定する。1.8LエンジンはEiと呼ばれるシングルポイントインジェクションを組み合わせたSR18Di型、2Lエンジンはヨーロッパ仕様と同じようにプレミアムガソリンを指定して150ps/19.0kgmを発生するSR20DE型だ。この2Lエンジンは同時代のS13型シルビアの後期型の同エンジンより10psパワーが多かったから、痛快な加速を見せている。
後期モデルは1.8LエンジンもEGI仕様に進化し、15psのパワーアップを実現した。トランスミッションは5速MTと4速ATだが、これも2L車の後期モデルは電子制御4速ATにグレードアップされている。
サスペンションはフロントが革新的なマルチリンク、リアはパラレルリンクストラットの4輪独立懸架だ。同年秋にはフルタイム4WDが仲間に加わった。ブレーキはフロントがベンチレーテッドディスク、リアの2Lモデルはディスク、1.8Lモデルはドラムになっている。
■国内外で質の高いユーザーを獲得
プリメーラが高い評価を獲得したのは、FF車の域を超えた正確なハンドリングだ。ステアリングを切り込んでいった時の洗練された操舵フィーリングに加え、狙ったラインに無理なく載せることができる。また、路面からのインフォメーションが濃密で、ステアリングやシートを通して情報が的確に伝わり、グリップ限界がわかりやすかった。
もちろん、ドイツ車以上に懐が深いから、意のままの走りを安全に楽しむことができた。引き締まったサスペンションになじめない人もいたが、これは後に新フレックス・ショックアブソーバーなどの採用によって解消している。
発売されるやプリメーラは予想を上回る販売台数を記録し、瞬く間に月販5000台ラインを超えた。兄貴分のブルーバードに脅威を与えただけでなく、ヨーロッパでもヒット作になった。
内外ともに共通していたのは、客層がよかったことだ。教師や大学教授、弁護士、会社役員など、質の高い、新しいユーザー層が開拓できた。
プリメーラは日本だけでなくイギリスの工場でも生産を行なっている。1991年秋にはイギリス製の5ドアハッチバックも日本に導入された。ヨーロッパ車よりもヨーロッパ車らしいプリメーラは、内外の辛口ジャーナリストを納得させるでき栄えだった。
走りの実力は群を抜いて高いレベルにあった。ドイツ車以上に剛性が高く、気配りも行き届いていたから最上の評価を与えられた。その評判は口コミで多くのクルマ好きに伝わっている。
FFファミリーカーの新しい領域に踏み込んだP10型プリメーラは、すぐにこのクラスのベンチマークになった。オペルやアウディ、VW、ホンダ、トヨタ、マツダなど、ライバルメーカーの開発エンジニアは徹底的にプリメーラを研究し、弱点を探っている。1990年代前半、ミドルクラスのFFセダンで、プリメーラほど高く評価された日本車はなかったのだ。
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