【国産車? それとも輸入車!??】波乱万丈!! 国産メーカーが販売した異色の輸入車たち


シボレーオプトラ(スズキ)

奇をてらわない安心感はあるものの、あえてオプトラを選ぶ理由がなかったのも販売面で苦戦した要因。ワゴンよりセダンのほうが希少

 スズキは当時GMと資本提携を結んでいたこともあり、2003年からシボレーブランドのSUVとなるトレイルブレイザー、2004年から芸能人がよく移動用に使っていた大型ミニバンであるアストロを販売していた。

 シボレーオプトラはこの流れで2005年にスズキが販売を開始した2Lエンジンを搭載するミドルクラスの4ドアセダンとステーションワゴンで、開発は当時のGM大字(韓国、かつての大字自動車、現在は韓国GM)が担当した。

日本でステーションワゴンの需要が見込めるようになっていたが、オプトラワゴンを選ぶなら国産ワゴンという人が大多数だった

 オプトラはセダンで173万2500円(ステーションワゴンはプラス10万5000円)と価格こそ安かったが、まったく特徴のないクルマだった。

 それだけにほとんどの日本人は存在すら知らず、知っていたとしても前述したキャバリエと同様に、「同じ価格の日本車のほうがずっと安心」と考える方が普通で、ほとんど売れずにひっそりと姿を消した。

スズキはGMと資本提携していた関係もあり幾度となくGM車を販売。シボレーのSUVのトレイルブレイザーは2006年までアリーナ店で販売された

VWパサート(日産)

 1980年代にやたらと海外進出を進めていた日産はVWとも業務提携を結び、手始めに日産が日本に持っていた座間工場においてサンタナ(当時のアウディ80と兄弟車となるエンジン縦置きのミドルクラスの4ドアセダン)のノックダウン生産を1984年から始めた。

日産とVWの関係が強化されるきっかけとなったのが写真のサンタナで、1984年から日産の座間工場でノックダウン生産が行われた

 サンタナの5ドアセダン版だったパサートがエンジン横置きとなるゴルフの兄貴分のような4ドアセダンにフルモデルチェンジされると、日産はサンタナに引き続きパサートのノックダウン生産を計画し、その前段階としてパサートの輸入販売を1990年に開始した。

 当時のパサートはとにかく広いキャビンとラゲッジスペースの確保に注力した実用一点張りのクルマで、当時の日本にはそういった4ドアセダンの需要はそもそも非常に少なかった。

 それでもパサートの価格が安ければ救いもあったかもしれないが、パサートはVWなりの豪華装備だったのもあり400万円近くと割高だった。

グリルレスのフロントマスクが個性的なパサート。このパサートもノックダウン生産の計画はあったが、最終的には輸入車を販売しただけに終わった

 これだけのお金を出せるなら普通の日本人ならマークⅡ三兄弟やローレル、広さを重視するならマキシマやディアマンテ、BMW318iも候補に挙がることもあり、パサートが売れなかったのも当然だった。

 さらにVWの日本での販売はこの頃に長年続いたヤナセと決別し、自社の日本法人主導で冒頭に書いたトヨタ系のディーラーも加えるという形態に変わり、パサートのノックダウン生産も幻に終わり、日産とVWの業務提携も幕を閉じた。

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