クルマは基本的に大衆商品ながら高額なものため、ハイリスクハイリターンな業界であるそれだけに「失敗作が続くとピンチに陥るけど、ヒット車が2~3台続けば盛り返せる」というのも事実だ。
日産から新型ノートが発売され、斬新なデザインとe-POWERのみというグレード展開で大きな話題となっている。先代モデルのノートe-POWERは販売ランキングで1位となる大ヒット車だった。
もちろん新型も先代同様の大ヒットにより、厳しい販売状況の救世主となることが期待されている。その表れとして早くも4WDやオーテック仕様が追加された。
当記事では、過去に大ヒットによってメーカーの危機を救った救世主的なクルマたちを振り返っていく。
文/永田恵一、写真/NISSAN、HONDA、MAZDA、MITSUBISHI、SUBARU
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■日産は既存モデルの派生車が予想外の大ヒットとなった
●初代ステージア(1996年)
80年代後半から90年前半まで4WDのN13型パルサー、初代シーマを含めたY31型セドリック&グロリア、S13型シルビア、R32型スカイラインとアグレッシブなクルマたちを連発した日産だったが、90年中盤からは魅力的な新型車がなかなか登場せず、ピンチに陥っていた。
その中で当時のローレルをベースにした上級ステーションワゴンとして登場した初代ステージアは、この頃の日産がなかなか出せなかった「魅力ある真っ当なクルマ」に仕上がっていたこともあり、まずまずの成功を収めた。
そのため当時の一般的な日産ファンは「今の日産で『買ってもいいかな』と思うのは2代目マーチと初代ステージアくらいだ」とよく話していたのを思い出す。
●初代エルグランド(1997年)
初代エルグランドは高級ミニバンの先駆車で、当時そういったクルマがエルグランドだけだったのに加え、押し出しの強いエクステリアやラグジュアリーなインテリアといった魅力を持っていたこともあり、この頃の日産車としては久々のヒット車となった。
さらに単価が300万円以上の高額車という点で収益面でも大きく貢献した。
●初代キューブ(1998年)
初代キューブは2代目マーチをベースにしたハイトワゴンで、それほど出来のいいクルマではなかったが、ボクシーなスタイルとリーズナブルな価格を理由に登場した1998年にはコンスタントに月1万台が売れ、この頃大ピンチだった日産を何とか土俵際で留まらせた。
しかし、日産は98年時点で約2兆円の負債を抱えており、3台のヒット車が3年連続で登場しても焼け石に水に近かったのも事実で、結局99年にルノー傘下に入ることとなった。
●先代ノートe-POWER(2016年)
今から数年前の日産は経営こそ好調だったが、特に日本向けの新型車が少なかったこともあり、存在感が薄れていた。そこに登場したのがエンジンで発電しモーターで駆動する、シリーズハイブリッド採用の先代ノートe-POWERだ。
電気自動車のようなレスポンスの良さや日本のスピード域におけるパワフルな加速を大きな理由に、日産車としては6代目サニー以来30年振りとなる月間販売台数1位を何度も取得し、日産の存在感を高めた。
現在日産が低迷しているのは否めないが、最近登場した新型ノートは内外装をはじめ「乗ってみたくなる雰囲気」が強く感じられ、日産復活の起爆剤になるに違いない。
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