「マツダのデザインがカッコよくなったね」と言われるようになったのはいつ頃からだろうか? 現在、マツダのデザインは、自動車雑誌&メディア、自動車評論家から高い評価を受けている。
そんななか、2018年11月のLAショーで次期アクセラ(日本名)、マツダ3が世界初公開となった。発表されたマツダ3は、マツダデザインの新しい息吹を感じさせる意欲作で世界の注目を集めた。
さて、何がマツダのデザインを変えたのだろうか? なぜ高く評価されているのか?
ここで改めてマツダデザインの魅力をモータージャーナリストの清水草一氏が解説する。
文/清水草一
写真/ベストカー編集部 マツダ
■新型マツダ3のリアデザインが世界の注目を集めた!
2018年11月のLAショーで世界初公開、2019年1月の東京オートサロンで日本初公開されたマツダ3。新開発のSKYACTIV-Xが搭載されることが話題だが、最大のウリはデザインかもしれない。
そのエクステリアには、奇をてらったところはどこにもなく、キャラクターラインもほとんどないシンプルな構成だが、それでいて実にスポーティで奥深く、躍動感にあふれている。
なかでも特徴的なのはリアセクションだ。膨らませた風船のような丸みがとても美しい。太いCピラーは力強く、ボディの堅牢さを予感させる。このリアのふくよかな丸みと高いヒップポイントのおかげで、相対的にフロント部は低くシャープに、ロングノーズに感じる。
一見して居住性最優先のデザインではないし、実際室内やラゲージはそれほど広くはなさそうだが、これが近年のマツダデザインの傾向であり共通点。
デザインのために、寸法や居住空間で、それなりの犠牲を払ってもいいという姿勢だ。それが「マツダ車はどれもスタイリッシュ」というイメージを作っている部分もある。
■はっきりとした哲学を持つ強力なリーダーがマツダデザインを牽引

1959年広島県生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部卒業後、東洋工業(現マツダ)に入社。商品企画部に配属。RX-8や3代目デミオのチーフデザイナーを務めた後2009年4月1日にローレンス・ヴァン・デン・アッカーの後任としてデザイン本部長に就任。2010年にはデザインテーマ「魂動-Soul of Motion」を発表。2013年執行役員デザイン本部長に就任。2016年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当
ただ、現在のマツダ車のデザインがすぐれている最大の要因は、もっと別のところにある。それは、デザインに関する意思の強さだ。
デザイン部門が、はっきりした哲学を持った強力なリーダーのもと、ひとつの方向性に向かって進み、開発部門全体がそれを尊重している。そのリーダーとは、前田育男氏(常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当)である。
前田氏は、かつてRX-8や先代デミオを手掛けたデザイナー。父親の前田又三郎氏はマツダの初代デザイン部長で、初代RX-7のデザインにかかわったというサラブレッドだ。
が、そんな血筋とは無関係に、先代デミオが発表された時、私は「これはコンパクトカーのデザインとして、現在の世界トップに近いんじゃないか?」と感じ、以来、前田氏を特別な目で見ていた。
先代(3代目)デミオも、デザインのために多少居住性を犠牲にしていたが、現在のマツダデザインは、この前田イズムともいうべき方向性で統一されている。
■あまり評判がよくなかったNAGARE(流れ)
マツダは昔から傑作デザインの多いメーカーだ。最初の4輪車・マツダR360クーペをはじめ、コスモスポーツ、歴代RX-7、5代目ファミリアなど、記憶に残るカッコいいクルマが多い。ただし凡作も多く、デザインにはばらつきがあった。
現在は、ばらつきも最小になり、どれを見てもしっかりカッコいいデザインになっているが、つい10年ほど前は、小さな低迷期にあった。
先代デミオが発表された年(2006年)に、オランダ人のローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏がデザイン本部長に就任。
彼はコンセプトカーの「NAGARE(流れ)」シリーズを主導した。どれも、枯山水のような水の流れを表現したデザインだったが、いかにもデザインのためのデザインで、彼の元で作られた2代目アテンザや3代目プレマシーのデザインはパッとしなかった。
当時、『ベストカー』連載の「デザイン水かけ論」でも、アテンザやプレマシーは前澤義男氏に酷評されていた。
この「NAGARE」に対して、当時部下だった前田氏は「薄っぺらな日本的なデザインだ」と猛反発していたという。
前田氏は、ヴァン・デン・アッカー氏が2009年に退任した後を継いで、デザイン責任者となった。そして世に出したのが、「魂動(こどう)」というデザインコンセプトだ。現在のマツダ車のデザインは、すべてここから生まれている。

マツダは2010年より「魂動(こどう)-SOUL of MOTION」というデザイン哲学のもと、生命感あふれるダイナミックなデザインのクルマを創造。日本の美意識を体現し、マツダらしい「エレガンス」を追求する深化した魂動デザイン。ここから、マツダデザインの新たなステージが始まった。魂動デザインの象徴であるオブジェを「金型と同じ材料の鉄」で再現。マツダは「魂動」の定義を「チーターが獲物を狙って力を溜め、飛びかかる一瞬」の動きと説明している
その特徴は、生命感を重視していること。小手先ではない、骨太な躍動とでも申しましょうか? そして、賞味期限の長いデザインであること。つまり時間的耐久性だ。このふたつを必須としている。
また、マツダのデザイン部門は、「前田育男独裁体制」と言われている。前田氏がダメと言えばすべてダメ。前田氏をウンと言わせない限り世に出ない。この独裁体制がデザインテイストを揃え、レベルも揃えた。
マツダの現行ラインナップは、すべて前田育男体制下で生まれたものに切り替わっているので、完全なブランド統一デザインが完成している。
■デザインクリニックの廃止が躍進の鍵だった!
前田氏が行ったデザイン改革で最もわかりやすいのは、デザインクリニックを廃止したことだ。デザインクリニックとは、事前にさまざまなユーザーにデザイン案を見せ、評価してもらうこと。ユーザーの反応を見ることで、ハズレをなくす効果がある。
しかし、一般ユーザーに判断をゆだねると、どうしてもデザインが無難になってしまう。デザイナーにすれば、「ユーザーが評価したのだから」という言い訳にもなりやすい。
前田氏はこのデザインクリニックを思い切って廃止し、芸術家のように、自信のある作品を世に問う形に変えた。
これは、マツダのような比較的規模の小さい自動車メーカーだからこそできた面がある。規模が小さいから、それほど広い層に訴求する必要はない。10人にひとりのクルマ好きが「すごくいいね!」と言ってくれればいいのだ。
逆にマツダくらいの規模だと、広く浅く訴求してもダメ。狭く深く訴えようという割り切りが、玄人好みの傑作を次々と生み出した。
■現行マツダ車のデザイン採点簿
それでは、現行マツダ車の全モデルを寸評してみよう。
※100点満点で採点
■デミオ/69点
前田イズムは感じられるが、現行モデルのなかでは、エクステリアが一番冴えない。先代デミオに比べると、コンパクトカーらしい軽快感に欠け、全体がボテッと重たい印象だ。
もっと大きなクルマのためのデザインを、無理にコンパクトにした印象がある。たとえばAピラー上部を寝かせすぎ、そのぶんノーズが重たく見えている。
ただしインテリアのデザインや質感は、同クラスの国産車のなかでトップクラス。
■アクセラ/86点
方向性はデミオと同じだが、サイズが大きいぶん、重ったるさは薄まり、スタイリッシュで躍動感のあるデザインになっている。ボディはやや複雑にうねっていて、いかにもケモノの筋肉。
くいっと持ち上がったヒップポイントが、走りの良さとスピード感を生んでいる。ボディ上部をかなり強く絞っているので、居住性やラゲージ容量はいまひとつ。
■アテンザ/83点
魂動デザインのコンセプトカー「SHINARI」をベースにしている。まだ前田体制になって間もない頃の作品で、面の微妙な甘さも散見されるが、Aピラー付け根が後ろ寄りにあるスポーティなフォルムは、かなりカッコいい。重心が低く立体的なフォルムは、ヨーロッパ車的だ。
■CX-3/90点
非常にバランスがよく躍動感のあるコンパクトSUVに仕上がっている。最も印象的なのは、波打つショルダーライン。フェンダーは適度にふくらんで、タイヤの存在感=走破性を浮き立たせている。いかにも走りそうだし、カッコいいし、美しくもある。
■CX-5/93点
CX-5は、サイドにはほとんどキャラクターラインがない。彫刻作品にヘッドライトやグリルなどを削り込んだだけで、ムダなものがない印象だ。その効果で、実際よりも雄大に、大きく見える。非常に質感も高く、わかりやすく言えば「ジャガーのSUVみたい」。
■CX-8/93点
基本的には、CX-5のホイールベースを伸ばしただけという印象だが、車体が長くなった分、伸びやかでゼイタクなイメージはよりふくらんでいる。
■ロードスター/130点 ※100点満点ですが特別にこの得点としました
現行車種中、世界最高のデザインと言ってもいい。シンプルかつコンパクトでありながら、実物はスーパーカーのような存在感を放つ。それでいてとってもキュート。キュンと持ち上がったお尻は実にセクシーだ。姉妹車のアバルト124スパイダーよりも、むしろこっちのほうがイタリア車っぽい美に満ちている。
実はマツダのデザインは、2015年の4代目ロードスターからかなりテイストが変わっている。キャラクターラインをほとんど排して、大きなパネル面の組み合わせで全体のフォルムを見せるようになった。
その最もわかりやすい例が、コンセプトカーのRX-VISION。前田育男デザインは、より日本的なデザインを目指して、要素を削ぎ落した引き算の美学を追求するようになった。