ベンツ新型Sクラスに「4WS」が!? かつて日本車のお家芸だった四輪操舵の現在

ベンツ新型Sクラスに「4WS」が!? かつて日本車のお家芸だった四輪操舵の現在

 メルセデスベンツのフラッグシップサルーン、Sクラスが2020年9月2日、本国にてフルモデルチェンジした。

 さまざまなハイテク装備を満載しているが、なかでも注目したいのが4WS技術。

 4WSとは「4 Wheel Steering(フォー・ホイール・ステアリング)」の略称で、前輪と同時に後輪も舵をとるために向きを変えるシステムで四輪操舵ともいう。

 もともと4WSはアポロ計画の月面走行車で初採用されたそうだ。月面上でもし前輪の操舵システムが故障しても、後輪で操舵できるようにするため、といわれている。

 この4WSが初めて量産車に搭載されたのは1985年8月に登場したR31スカイラインの「HICAS」。その後1987年4月登場のプレリュードや5代目カペラ、6代目ギャランなど国産車に多く搭載されていった。

 さて、この4WS、廃れていた技術ではなかったのか? それとも再び脚光を浴びている技術なのか? 4WSの最新情報をモータージャーナリストの高根英幸氏が解説する。


文/高根英幸
写真/メルセデスベンツ 日産 ホンダ

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4WSのメリット デメリット

1985年8月に登場したR31スカイラインに世界初の後輪操舵システム、HICASが搭載された(写真はGTS₋R)
1985年8月に登場したR31スカイラインに世界初の後輪操舵システム、HICASが搭載された(写真はGTS₋R)

 新型ベンツSクラスが、2020年9月2日に正式に発表された。新型Sクラスに新たに装備された革新技術はいろいろあるが、ここではリアステア、すなわち4WS(四輪操舵)について、注目してみることにしたい。

 4WSと聞いて、懐かしいと思ったクルマ好きも多いのではないだろうか。この4WS、これまで何度か自動車メーカーがクルマに採用しては、廃れてきた技術の一つ。

 1985年8月、日産がR31スカイラインに世界初の後輪操舵システム、HICAS1を搭載して以降、日本車メーカーは1980年代後半から1990年代にかけて4WSを搭載して、その機能を誇った時期がある。

 ちなみにメルセデスベンツは1930年代にはすでに四輪操舵を搭載したクルマを製作した記録がある。

 さすが世界最古であり、エンジンなどパワートレーンからシャーシまでこだわりまくって最高の実用車(高級というだけでなく堅牢性、信頼性、実用性に優れるという意味で)を作り続けてきた自動車メーカーだ。

 4WSのメリットは、大きく分けて2つある。1つは最小回転半径の短縮だ。リアタイヤの向きが固定されていると、Uターンなどの大きな転回時にはホイールベースの長いクルマは、そのぶん、大回りを強いられる。

 しかしフロントタイヤの転舵とは逆にリアタイヤを転舵(逆位相)してやると、リアが回り込むことによって小回り性が高まるのだ。

 しかも内輪差(転回時に発生する前輪と後輪の軌跡の差)は小さくなって、狭い道の曲がり角なども曲がりやすくなる。

 重機トレーラーなど特殊な車両では、フロントタイヤの操舵とは別に後端のタイヤを転舵するコントローラーがあり、低速で走りながら操作することで小回り性向上と内輪差減少を実現しているものもある。

 4WSのもう一つのメリットは、コーナリング時のクルマの動きを自然にできることだ。

 中低速時のコーナリングでは前輪の向きとは逆に後輪を操舵することにより、ステアリングの舵角が少なくなるだけでなく、クルマのヨーモーメント(クルマを上から見てコーナーの内側に旋回しようとする力)を自然に素早く立ち上げることができる。

新型Sクラスに採用された4WSが機能していることが分かるシーン。フロントタイヤの転舵とは逆の方向にリアタイヤが転舵しているのが分かる
新型Sクラスに採用された4WSが機能していることが分かるシーン。フロントタイヤの転舵とは逆の方向にリアタイヤが転舵しているのが分かる
パーキングスピードでは後輪を最大10度操舵する新型Sクラス。最小回転半径はAクラス並みの5.5mを実現
パーキングスピードでは後輪を最大10度操舵する新型Sクラス。最小回転半径はAクラス並みの5.5mを実現
上から見たこの写真のほうがわかりやすい。フロントタイヤは左に切っているがリアタイヤは反対方向になっている
上から見たこの写真のほうがわかりやすい。フロントタイヤは左に切っているがリアタイヤは反対方向になっている

 クルマがコーナリング時にどういう風に曲がる力を得ているか想像してみよう。ドライバーがステアリングを回してフロントタイヤに舵角が付くと、まずフロントノーズが切った方向に向こうとする。

 しかしレーシングカーやよほどロール剛性の高いクルマでなければ、実際にはノーズがインを向く前に(わずかにインに向いて旋回を始めているが)グラリと曲がる方向とは逆にロールしてしまう。

 それをスプリングとスタビライザーの反発力とダンパーの減衰力で踏ん張ることで支え、本格的にフロントがインに向って旋回を始める。

 クルマの向きが変わり出すとリアタイヤも旋回を始めて、車体の旋回の中心軸(上から見てクルマが向きを変える中心点)がリアからセンター寄りへとなって、本格的にコーナリングをしている状態になるのだ。

 一方4WSの場合、フロントタイヤが向きを変えるとリアタイヤも逆に操舵されて、グラリとロールする前にリアが回り込むことでヨーモーメントが立ち上がり、クルマが素早く自然にコーナリングを始めることになり、ロールを抑えながらのコーナリングを実現するのだ。

 リアタイヤの舵角はフロントより少ないが、ホイールアライメントでもリアの変化はフロントの3倍効くと言われているように、リアの操舵は僅かでもクルマの動きに大きな影響を与えるのである。

 コーナリングではなく、高速道路での進路変更のように直進しながらわずかに向きを変えるようなシーンでも4WSは有効だ。

 フロントタイヤしか転舵しない通常のクルマでは、緩いS字を描くように軌跡を描くため、クルマにヨーモーメントが発生する。

 それに対し4WSでは、リアタイヤもフロントと同じ向きに転舵することで、平行移動で車線変更を完了することができるのだ。

 これによってレーンチェンジ時の安定性は格段に向上する。前輪だけの転舵も平行移動に思っているかもしれないが、厳密にはフロントの動きに、遅れてリアがついていっているのである。

通常の前輪操舵車と4WSのレーンチェンジ時の軌跡の違い。4WSは理想的な軌跡を描いているだけでなく、ヨーモーメントの発生が低いので、より安定性が高まる(出典:日産自動車)
通常の前輪操舵車と4WSのレーンチェンジ時の軌跡の違い。4WSは理想的な軌跡を描いているだけでなく、ヨーモーメントの発生が低いので、より安定性が高まる(出典:日産自動車)

 このように4WSという機構のメリットは小さくないが、実際には従来のクルマの動きが感覚的に馴染んでいるドライバーが多く、あまりメリットと感じるオーナーは少なかったようで、4WSはセールスポイントとはなりにくかった。

 当時はリアサスペンションやボディ剛性などクルマの基本性能の成熟がまだ今ほど高くなく、当時のギミック的な装備と同じように、他社と差別化するためのメカに留まってしまったのだ。

次ページは : 時代、メーカーによって異なる4WSの仕組み

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