ベストカーでもおなじみの水野和敏氏。その水野氏が新型センチュリーを世界のショーファーカーの頂点でもあるロールスロイス・ファントムと比較します。
自動車界のヒエラルキーでトップに君臨するロールスロイスに対して、日本のショーファーカーの使命を担うセンチュリー。
いつもの水野節をお送りしよう。
文:水野和敏/写真:池之平昌信
ベストカー2018年10月26日号
■霧や雨でもニュルを走り続けるロールスロイス
こんにちは、水野和敏です。今回はちょっと異次元の世界を味わって頂きたいと思います。そう、トヨタセンチュリーとロールスロイスファントムの評価をいたします。
センチュリーは実に21年ぶりのフルモデルチェンジで3代目となった、日本で唯一のVIP専用車。はたして世界が認める「本物」のVIPカー、ロールスロイスに対し、どのような存在価値となるのでしょうか!?
実は私、日産時代にロールスロイス社と仕事をしたことがあるのです。
詳細をお話しすることはできませんが、イギリスの本社開発部門を訪問すると、部長級の人の多くは”サー”の称号を持っている貴族世界の人たちなのです。
一歩建屋に入ると毛足の長い超高級なカーペットで、慣れない私は足を取られつまづきそうになりました。応接室の話ではありません。社員が通常業務をする建屋内がそのような感じなのです。
このような自動車会社は私の知る限りロールスロイス以外にありません。開発や企画の人たちが上流階級で、日常生活の価値観や文化的バックボーンがロールスロイスのクルマには当たり前に生きている、ということなのです。
内装のローズウッドや、インパネのクリスタルガラスなど、一見贅沢なように思いますが、英国の上流階級の人にとっては当たり前の日常が反映されているに過ぎないのです。
そもそもVIPカーに求められる「性能や機能」とはどのようなものか、読者の皆さまはどう考えますか!? お金持ちや偉い人が後席で贅沢にリラックスするためですか!? 極上のシートに内装、最高級な乗り心地でしょうか!?
確かにそう思えるでしょう。しかし本当に大事な商品エッセンスは違います。世界で本当の意味でVIPカーに求められる性能、機能で一番重要なことは、VIPの命や身を守ることなのです。
防御性能や機能です。夜中に女性が一人で歩ける日本にいると実感できないと思いますが、貧富の差、身分の階層、不安定な政治体制……。
これが世界の現実、と同時に数百億円以上の資産や社会的地位や名声を持つ人も世界には皆さんの想像以上に数多くいるのです。
皆さんが羨むVIPといわれるこの人たちは常に、テロや暴漢そして誘拐の対象となるし、常に細心の注意を払って自身の安全を守る宿命にあるのです。欧州や米国でも、ましてや中近東やアジアやアフリカではなおさらです。
一般に動力性能や操安性能は「そのクルマ自体の販売競争力」のために開発されます。しかしロールスロイスは違うのです、『襲撃された時にVIPの身を守るため』に開発されるのです。
ですからロールスロイスは従来エンジン出力や加速性能は公表されていませんでした。どの車種で襲撃したらよいか計画されてしまうからです。
さらに巨大サイズの22インチタイヤやブレーキ、車体の剛性やサスペンションやパワートレーンの強度は単に2.7トン前後の車両重量で決定されているのでなく(詳しくは秘匿事項のため言えませんが)ユーザーのオーダーによるさまざまな防弾仕様オプション重量、例えば自動小銃や地雷やロケット弾などから守るための装備重量増分の数トンを上乗せして構造や仕様が決定されているのです。
ドイツのニュルブルクリンクでGT-Rの開発をしていた時に私のなかに残る印象は、霧や雨で危険なコンディションになり、他メーカーが引き上げてしまった後も黙々と開発を続けていたのは、マルチパフォーマンスを売りとするGT-Rと最高予防安全を求めるベンツと、そして数百キロのウェイトと後席に人を乗せて走り続けるロールスロイスだけでした。
ロールスロイスの開発ドライバーは私に胸を張って言いました、「危険なコンディションでもVIPの命を守るために、襲撃してくるクルマから逃げ切るために必要な走行性能開発をしているのだ」と(ただしぜひGT-Rの開発もしてみたいとも言いましたが)。
ですから、日本で売られている、防御オプションがほとんど装備されていない6000万円前後のロールスロイスは安価で、実際の世界の販売価格は億単位が常識なのです。
でも身の安全のために『軽装甲車並みの防御機能とスーパースポーツの走りと最高の快適性』という本当のVIPカー3要件を市販車として唯一備え、買えるロールスロイスの価格は決して高価ではないと私は思います。
コメント
コメントの使い方ロールスロイスの全長が5090となっていますが5990ではないでしょうか?