知られざる皇室専用のクルマとは 皇室担当写真記者がその全貌に迫る


■20年も使い続けている皇嗣殿下のご公務車

秋篠宮皇嗣家 三菱ディグニティ(初代)

 秋篠宮皇嗣殿下は、宮家創設時からホンダ、三菱、日産車、近年になり眞子さま佳子さま内親王殿下用にはレクサスLSを導入されるなど皇室車の中では異彩を放っている。現在、皇嗣殿下がご使用されている公式行事用のクルマは、平成12年式の三菱ディグニティで、よほどお気に召していらっしゃるのか20年もの間ご愛用になられている。

秋篠宮皇嗣家 レクサスLS

 皇嗣家をはじめとする皇族宮家の自動車については、宮内庁が示す一定条件に則った競争入札により購入が行われている。皇嗣家では、特にどの車をどなたがといった区分はされておらず、その公務や用務によってご家族の方が交互に乗られているようにお見受けする。トヨタのミニバンのほか日産シーマのOEM車である「2代目三菱ディグニティ」があるのも皇嗣家らしい選定だ。2代目は時折、悠仁親王殿下もお使いになられることもある。

秋篠宮皇嗣家 三菱ディグニティ(2代目)

 なお、皇嗣家には私有財産で購入したクルマもあるが、これは宮内庁の管理下には置かれず、あくまでもその所有者たる個人により管理されている。過去には上皇陛下(現在は運転免許証を返納済み)もホンダ・インテグラを、皇嗣家では現在も国産のほか外車など数車種の自動車を私有財産として所有している。

皇嗣旗を立てたディグニティ特別車(皇居宮殿南車寄)。皇嗣旗が掲出されたシーンはとても貴重だ

■自動車の宮様

 本格的に皇室へ自動車導入を推し進めたのは、明治天皇からの信任も非常にあつかった有栖川宮威仁親王であり、明治38年の海外公務渡欧の折、フランス製自動車ダラック号1台を輸入し、専任のイギリス人運転手1名を雇い入れ一緒に帰国するといった、なんともバイタリティのある、「自動車の宮様」と呼ばれた皇族であった。

 そのご尽力により、晴れて大正2年に皇室へ自動車が導入された。初めての御料車は「英国製ダイムラー」であった。その選定の背景には、当時すでに自動車を導入していたイギリス王室の影響もあったといわれる。

 それ以降、昭和30年代までは外国製の自動車を「御料車」として使用していた。特に戦時中は、戦局に応じた自動車選びが行われ、敵対国の自動車ではなく同盟国の自動車を率先して使用した。第一次世界大戦中はドイツ車の名が消え、イギリス車が中心となるなど日本を取り巻く世界情勢の影響をも受けた。

■自動車の前身は御料馬車

伊勢神宮親謁の儀の馬車お列(外宮)

 天皇のお列を古くは「鹵簿」(ろぼ)と呼んだが、戦後しばらくは馬車のお列を公式鹵簿、自動車お列は略式鹵簿として扱われていた。現在でも皇室の重要儀式では儀装馬車と呼ばれる宮内庁が所有する皇室用の馬車が使用される。令和のお代替わりの儀式でも、立皇嗣の礼でも活躍したが、いずれも一般へのお列公開は行われていないため国民が直接拝見することは叶わなかった。

 しかし、皇室馬車を間近で拝見する機会もある。新任の外国大使が我が国に赴任した際に行われる宮中儀式である「信任状捧呈式」では、その大使の送迎に皇室馬車が使用される。東京駅正面玄関から丸の内の行幸通りを抜け皇居正門の間を威風堂々たる馬車列が颯爽と駆け抜ける。

信任状捧呈式の馬車列(東京駅)

 この東京駅周辺に馬車が走る日は、宮内庁のHPで時々告知されるが、現在は新型コロナウイルス禍ゆえ掲載は控えられている。

【画像ギャラリー】貴重写真24枚で振り返る皇室のクルマの歴史


 以上、皇室の乗り物を簡単に解説させていただきました。興味が沸いた、より踏み込んだ内容が知りたいと思った貴方は、ぜひ貴重な写真と共に皇室と鉄道、自動車、馬車、航空機、船舶の関わりをより詳しく解説した『天皇陛下と皇族方と乗り物と』(講談社ビーシー/講談社刊、5500円+税)をお買い求めいただければ幸いです。
(資料出典:宮内庁、JLNA)

『天皇陛下と皇族方と乗り物と』の購入はこちら

工藤 直通(くどう・なおみち)
1970年、東京都生まれ。日本地方新聞協会監事、同特派写真記者。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに高校在学中から乗り物関係の撮影・出版業に携わる。1984年からお召列車の撮影を通じ、皇室に関心を持つようになり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。2007年からは日本地方新聞協会皇室担当写真記者として取材活動を継続。近年では『ベストカー』ほか週刊誌で、御料自動車やお召列車に関する記事を中心に執筆している。