クルマに限らず売れ行きを左右する要素はいろいろある。
まず、その時代のニーズを満たしているのか、という点は重要だ。出る時期が早すぎた、などと表現されるクルマはたいていが時代にマッチしていなかったりする。
そのほかクルマは趣味趣向が反映され、売れ行きにも大きく影響する。その最たるものがデザインで、パワーや燃費のように数字で優劣がつくものではないだけに非常に難しい。
偶発的なものを含めいろいろな要素が絡み合って、商品は売れるのだが、高性能、出来がいいだけで売れるとは限らない。特に20世紀に入ってからは、明らかなダメグルマというのは存在しない。だから売れない=ダメなクルマではない。
本企画では販売面で苦戦モデルの後に登場し、起死回生の逆転ホームランとなったブランニューカーについて見ていく。
文:永田恵一/写真:HONDA、MAZDA、NISSAN、MITSUBISHI
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ロゴで苦戦後に成功した初代ホンダフィット
販売期間:2001~2007年
ホンダのシビックより小さいコンパクトカーの元祖は1981年に登場した初代シティで、背の高いトールボーイというコンセプトと親しみやすいデザインで大ヒット。
しかしガラリとコンセプトチェンジした2代目は1986~1995年まで約9年間にわたり販売されたが、初代のような存在感はまったくなく、シティの名前は消滅してしまった。
そのシティの後継モデルとして登場したのがロゴだったが、輝くことはできなかった。
最大の要因はシンプルでオーソドックスなエクステリアで、ユーザーには地味で華がないと映った。
『ハーフスロットルの高性能』というコンセプトにより、街中での走りはキビキビとしていたが、アクセルに敏感なことから落ち着きがない、という不満にもなった。
スポーツモデルのTSを追加するも、大きな効果を上げることができず、1代限りで消滅。
そのロゴの後継モデルがフィットで、ホンダ車の歴史に残る大ヒットモデルとなった。
成功の要因はいくつもあるが、ユニセックスなエクステリアデザインにより、女性だけでなく男性ユーザーを獲得できたのは大きい。
そして燃料タンクを前席下に配置するセンタータンクレイアウトという飛び道具の採用により、広々とした室内スペースを確保したことが最大の要因だ。
このクラスはトヨタヴィッツ、ファンカーゴ、日産マーチがマーケットを席巻していたが、フィットは室内広さと後席の快適性に代表される「これ1台で十分」というライバルにない強力な武器を得て大成功した。
ただ、フィットの台頭により結果的に日本におけるシビックの居場所が難しくなってしまったのはちょっと皮肉だった。
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