今回の規制緩和にはもっと大きな社会的意義がある:時速60kmと6kmの間のギャップを埋める新しいカタチのモビリティ
この規制緩和は実は日本の社会にとって非常に大きな意義があることだと筆者は考えている。短期的に見ると、コロナ禍で満員電車に乗って移動することを避けたい人に対して密にならずに安価で気軽に利用できる新たな移動手段が提供されることになる。
また終電を早める要請が自治体から発出される中で深夜もどうしても働かなければいけない人たちがいることを考えると、電動キックボードによる移動は公共交通機関やタクシー以外で安価にそれなりの距離を楽に移動したいニーズに対する一つの答えとなる。
長期的にも非常に大きな意義がある。都会での近距離移動をゼロエミッション化するという低炭素化社会の実現の観点に加え、地方を含む日本各地におけるクルマとそれ以外のモビリティの共存の新たな形が見えてくることにつながるからだ。
高齢者の運転するクルマによる交通事故の増加が社会問題化しているが、自動車以外の交通手段が限られる地方では移動手段が失われてしまうために高齢者の運転免許返納がなかなか進まない状況にある。
免許を持たない高齢者の移動手段として例えば「シニアカー」という電動カートがあるが、公道では最高速度は時速6kmに制限されている。これは電動車椅子と同じ扱いだ。
これまでクルマを運転してきた高齢者にとっては、最高速度時速60kmのクルマによる移動と最高速度時速6kmのシニアカーでの移動の利便性のギャップがあまりに大きすぎる。
高齢者が自分で運転しなくて済むようになる自動運転が広く普及するのには時間がかかることを考えると、その大きなギャップを埋める可能性のある新しいモビリティのカタチが実現することは、過疎化と高齢化が加速する地方での新たなカタチの移動手段(=生活手段)を確保するという点においてとても重要な意義があると考えられる。
病院などの必要不可欠な公共インフラは誰でもどこでも簡単に利用できるようになっていないと生活の質が担保されない。
地方の人口減少が進むと、コストの観点からは広い地域に分散されて多く存在する病院などの社会インフラを集約して一つの大きな施設で広い地域の住民にサービスを提供する必要が出てくるが、クルマを運転できず自力で遠くの施設まで移動する手段が限られる高齢者の生活の質を守るためには簡単には集約化を進められない。
そのため、働く世代が支払う多額の税金を投入して多数の利用者の少ない小規模な社会インフラを維持していかなければならない、となってしまうかもしれない。
つまり幅広い年齢層の人が安全にそれなりの距離をそれなりのスピードで移動できる手段をどう確保するのか考えていくことは、高齢者だけではなく我々にとっても避けては通れない重要な課題なのだ。
また一般のクルマのドライバーの行動も電動キックボードが普及することで変わるかもしれない。これまでクルマにちょい乗りして家からやや離れたところで用事を済ます時は、駐車場の有無を確認する必要があったり商業施設の駐車場などの入場待ちで時間を浪費したりしてストレスを感じることがあった。
電動キックボードが普及してポートの数が増え、手軽に家の近くのポートで電動キックボードを借りて目的地近くで返却できるようになれば、クルマで出かけて都心のコインパーキングにありがちな「15分400円」のような駐車料金の心配をする必要もなくなる。
また電動キックボードの料金は2km走っても100円から200円ぐらいでタクシーより圧倒的に安いので、都心のクルマの交通量は減って混雑は緩和するかもしれない。
またエコロジーに対する意識が高まる中で、大した荷物もないのに近場に出かけるのであれば一人だけでクルマに乗って化石燃料を燃やして出かけるのはカッコ悪く、クリーンな電源で発電された電気で充電されたゼロエミッションの電動キックボードに乗った方がクールだ、というような意識変革も進むかもしれない。
これらの意味で今回の規制緩和はクルマと共存できる利便性の高い新たなモビリティの実現への足掛かりとなる可能性や一般のドライバーの行動変革につながる可能性があり、単純に電動キックボードが公道でヘルメットなしに乗れるようになったという点以外にも実は長期的に見て大きな社会的意義のあるものだと筆者は考えている。
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