電気自動車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、ガソリンエンジン車、ディーゼルエンジン車……、いったいどれが一番エコなのでしょうか?
マツダと工学院大学が、製造時から使用、廃棄段階までのライフサイクルアセスメント(LCA)を通して、CO2排出量を算出し、どのパワーユニットが一番エコなのかを発表!
やはり一番エコなのは電気自動車なのか? はたまたディーゼルエンジン車なのか? モータージャーナリストの高根英幸氏が解説します。
文/高根英幸
写真/日本LCA学会、マツダ、日産、VW
■燃費がよければエコ? CO2排出量で判断するLCAとは
エンジンによって走るクルマは、燃料を燃やして排気ガスを出す。そのため大量のCO2を排出しているという印象がある。しかし最近のエコカーは、ガソリン車でも1km走行あたりのCO2排出量は100gを切ろうというレベルにある。
電気自動車が走行中にCO2を排出しないからといっても、電力を生み出す際に火力発電所が石油や天然ガスを燃やしていればCO2フリーではないことは、かなり知られている。
とはいっても火力発電所の発電効率はかなり高められていて、最新の天然ガス火力では61%もの熱効率を実現している。正直言って、ややこし過ぎて考えるのが面倒くさくなりそうになることもあるほど、この問題は複雑なのだ。
しかも、それ以前にクルマを製造する際にもCO2は発生する。鋼板をプレスしたり溶接する際には電力を使うし、ラインでクルマを運ぶ、パワーユニットを組み上げる際にも電動ウインチを使って持ち上げたり、電動レンチで素早くネジを締め付けたりする。
もっと言えば鋼材を製錬する時点で電力を大量に消費することになるし、内外装に用いる樹脂だって製造時には電力を使う。
さらにクルマは製造時や使用時だけでなく、乗り潰して廃棄する際にもリサイクルでエネルギーを消費する、つまりCO2を排出するのだ。
こうして工業製品の製造時から使用、廃棄時まですべてを含んで環境負荷を考えるのをLCA(ライフサイクルアセスメント)という。
日本でもプリウスの登場以来、LCAは自動車メーカーの環境負荷を比較する情報として使われてきたが、その紹介の仕方が他車との割合での比較で、実際のCO2排出量は明らかにはしておらず、具体的な環境負荷は分かりにくかった。
■マツダと工学院大学の研究室がEVとエンジン車のLCAを比較

しかし、エコカーの燃費性能が向上するに従い、日本でもLCAに関する論議が高まってきた。
エンジン車を今後も主軸にしていく方針の自動車メーカーは、燃料タンクに給油した時点からマフラーのエンドパイプから排出されるまでの「タンクtoホイール」ではなく、石油や天然ガスを掘削した時点から、エンドパイプまでの排出量を判断する「ウェル(油井)toホイール」でCO2を判断すべきと主張してきた。
3月初旬、九州大学で開催された日本LCA学会の研究発表会ではそのほかの産業分野と並んで、自動車関連の環境負荷に関する研究の成果が自動車メーカーや研究機関、大学研究室から発表された。
そのなかでマツダ技術企画部環境安全規格グループの河本竜路氏が、社内同部署のエンジニアと、工学院大学の酒井氏、稲葉氏らと共同研究でエンジン車とEVのLCAによるCO2排出量についての比較研究による成果を発表したので、その内容をご紹介しよう。
■現行アクセラのガソリン、ディーゼル車とVW eゴルフを比較
比較に用いたのは、欧州Cセグメントで、ガソリン車とディーゼル車の設定があるマツダアクセラと同クラスのBEV(Battery Electric Vehicle。FCVやFCEVと区別するためにEVといわず、専門用語でBEVと呼ばれる)で、スペックから察するにVW e‐ゴルフだろう。
対象とした地域は米国、欧州、日本、中国、オーストラリアの自動車市場の主要5地域。LCAによるCO2排出量の評価に関してはISOの環境マネジメント国際規格のなかに策定されているISO14040の手順に従って行なったそうだ。
まずパワートレインを除いたシャーシやボディ、インテリアなどを生産する過程で発生するCO2はエンジン車もBEVも共通とし、LCAのデータベースよりCセグメントハッチバックのディーゼルエンジンはガソリンエンジンより50kg重いので、パワーユニット製造時に2割CO2が多く発生すると算出している。
BEVに関してはバッテリー、モーター、インバーターの生産時CO2排出量を過去の文献より引用した。
新車から廃車までに走行する生涯走行距離については、米国(32万km)と欧州(18万km)、日本で基準が異なるため、欧州&各国の平均値として20万kmと設定している。
燃費に関しては実燃費が望ましいのだが、現実には正確な平均値と呼べるまでのデータはないため、メーカー公表のカタログ値を使用している。EVの走行に用いる電力についても各市場の発電時のCO2係数(1kWhあたり何kgのCO2が発生しているか)を使って走行時のCO2を算出した。
もちろんタイヤ(4万km)や電装用バッテリー(5万km)、エンジンオイル(1万km)や冷却液(2.7万km)などの消耗品はそれぞれの距離ごとに交換することでCO2排出量が増えることも織り込んでいる。
その結果、ガソリン車とディーゼル車と、BEVで各市場ごとに20万km走行するまでのCO2排出量を比較すると、やはりというべきか、電力の発電構成によってBEVの走行時CO2排出量が変わってしまうため、各市場の発電構成によってBEVの環境性能が大きく変わってしまうことが分かった。
ディーゼルエンジンを搭載したアクセラを販売していない米国や中国オーストラリアはガソリン車とBEVの比較のみとなっているが、日本ではガソリン車とディーゼル車ではほぼ同等、欧州ではディーゼル車のほうが2割程度CO2排出量が低く評価されていることから、ディーゼル車を比較していない地域でもガソリン車以下の評価になることはないと思われる。
そもそもガソリンエンジンに比べ、熱効率に優れるディーゼルエンジンは燃費性能に優れるが、実は燃料である軽油はガソリンと比べ酸素と結び付く炭素量が多い。そのためJC08モードではガソリン車に比べ1割程度しか燃費が高くないためにLCAではほぼ同等となってしまうが、欧州のNEDCモードでは3割も燃費が優れるためにディーゼルのほうが2割程度も低排出量となるのである。

■トータルではガソリンエンジン車の勝利‼
日本市場でのLCAにおけるCO2排出量の評価は、約11.5万kmまではバッテリーの生産時CO2が多いBEVのほうが、ディーゼルやガソリン車よりも排出量が多く、そこからは電費のよさでBEVが逆転するが、16万kmでリチウムイオンバッテリーを交換するため、そこからは再度逆転してエンジン車のほうが排出量が少なくなるのだ。
20万kmまでの走行ではBEVが逆転することはできないから、エンジン車のほうがエコという結果になった。
現時点ではガソリン車のほうが、トータルではエコだと言える。
しかしリチウムイオンの製造過程でCO2排出量が減らせたり、発電時のCO2が減れば、BEVは確実にエコなモビリティとなるため、伸びしろはBEVのほうが多い。
エンジンが生き残っていくには、これまで以上の頑張りがエンジン関連のエンジニアに求められることになる。
■米国や欧州では日本と結果が異なる!
これが他の地域では、また異なる結果となるから面白い。オーストラリアでは石炭火力の発電所による発電が多くを占めているためBEVの場合、ガソリン車を下回る領域は存在しないことが分かった。
一方で米国はガソリン車のカタログ値が低く(13. 2km/L)、太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーによる発電が多いためBEVが6万kmでガソリン車を逆転し、環境負荷が低いことが分かった。
欧州ではガソリン車が7.6万kmでBEVに逆転され、そのままBEVのほうが優れた数値を示し続けるが、ディーゼル車は燃費性能が発揮されるため、日本と同じようにBEVと2度の逆転をして一番低い排出量となっている。
中国は石炭火力が多いイメージだが実は再生可能エネルギーによる発電も進んでおり、トータルで見ると日本に近いグラフ形状を示してガソリン車とBEVが拮抗し、最終的にガソリン車の方が排出量が低いことがわかった。
■バッテリーの評価をどう見るかでBEVの排出量が大きく変化
16万kmで新品同等のバッテリーに交換して4万kmしか走行せずに廃車することになるのは、やや現実的ではない気がする印象をもつ方もいるだろう。
この場合、リビルド品(中古の不良セルを入れ換えたもの)のバッテリーに交換すれば新品とはCO2排出量が異なるため、BEVでも環境負荷をさらに抑えることができるし、20万km以上走行することもできるかもしれない。
もっと厳密に語るなら、BEVのバッテリー生産時のCO2排出量は、あまり正確なモノとは言い難い部分もある。参考にしているのは様々な文献だが、米国やスウェーデン、ノルウェーの研究機関が発表しているリチウムイオンバッテリー生産時のCO2排出量は、データによって2倍も開きがあるのだ。
ということは現状ではBEVの生産時CO2排出量はもっと大きいことも考えられる。ただし、技術革新によりバッテリーの生産やリサイクル時のCO2排出量はどんどん削減できる可能性もある。またガソリン車のカタログ燃費が低い地域(米国13.2km/L、中国16.1km/L)では、本当にこんなに燃費が低いのか確かめてみたい気持ちもある。
やはり考えれば考えるほど、こうした問題は厳密にしたくなるために根拠やデータに正確性を求めたくなる。つまり現状の研究結果では、何となく不明瞭な点が残ってモヤモヤしてしまうのだ。
では、こんな研究をする必要などないではないか、と思われる読者諸兄もおられるかもしれない。だが、不正確なデータであることを承知でこうして結論を出すことで、皆が現状を知って考える機会になることは重要だ。
これがクルマにおけるLCAの現時点での限界ということが広まることで、より正確なデータを提供しようとする機関も現われるだろうし、新たな算出方法を生み出す研究者も出てくるかもしれない。
自動車メーカーのPRのために都合よく使われるだけでなく、本当にエコで快適なモビリティ社会を目指すために、これからLCAを意識していくことは大事なことなのである。