「街乗りでクルマを楽しめる」のがMT車の魅力
ATの普及した経緯とその人気ぶりを見ると、今あえてMTに乗るメリットはほとんどないようにも思えてくる。しかしそれでも、一部の車種にはわずかにMTが用意されていたり、冒頭で触れたように、トヨタやマツダなどが売れ筋のモデルにラインアップさせていたりと、今でも一定の需要があることが伺える。
たとえばトヨタの「iMT(インテリジェントマニュアルトランスミッション)」は、発進時やシフトチェンジの際にエンジン回転数を自動調整してくれる機能が付いており、MTの運転に慣れていない方でも運転しやすいようにシステムがアシストしてくれるという優れものだ。”MTは運転が難しそう”というイメージを払拭し、クルマ離れを食い止めようとするトヨタの心意気が伝わってくる。
ATとMTの違いは「自分でギアを選択し、操作する」ところである。ATでもたとえばパドルシフトなどで任意のギアを選択することができるが、「操作する」という部分に関しては大きな違いがある。
MT車の場合はエンジンをかける前にクラッチを踏み、ニュートラルであることを確かめてからスタートボタンを押す(キーをひねる)。エンジンがかかったらギアを1速に入れ、ゆっくりとクラッチを戻す。これでスルスルとクルマが動き出すのである。手足を連動させることで、ドライバーはいかにもクルマを「操作している」というダイレクトな感覚を得られる。
当然のことながら、適切な速度域で走るためにはシフトチェンジをしなければならない。自分より大きくて力のある鉄の塊は、この「儀式」を続けることで初めて走り続けられるのである。
コーヒー豆を自分で挽いて入れるとおいしいように、スマホよりも手書きのメモの方が、味わいがあるのと同様に、「手間をかける」ことで得られるMTの楽しさは、電気的な信号を送るためのパドルシフトやボタン、スイッチでは決して得られない満足感をもたらす。
ある程度クルマのメカニズムを理解している人であれば、シフトノブを操作するときのシンクロの働きやクラッチ操作によるエネルギーの伝わり、アクセル操作に連動したダイレクトな感触を、体全体で感じ取れるだろう。そのひとつひとつをいかにスムーズにするか、エンジンの特性をうまく引き出せるかを追求できるのも、MT車の醍醐味なのだ。
サーキット走行のような限界速度域でなくても、普段の街乗りで「楽しく」走れる。MT車の魅力はこの一言に尽きる。
それでも、やがて淘汰されていく存在
欧州連合(EU)では2035年に域内での内燃エンジン乗用車の新車販売を実質的に禁じる方針だ。地球温暖化が深刻な問題を引き起こしつつある国際社会全体で、世界的なEVシフトは急加速している。また自動運転化の波も大きくなっている中、MT車がやがて淘汰されていくのは間違いないだろう。
こうした流れに加え、電子制御スロットルや車両制御技術の搭載により、MT車であってもメカニズム的にダイレクト感や楽しさを感じにくくなってきている。年々厳しくなる環境基準への対応や安全性の向上を図りながら、マイノリティなMT車をユーザーに提供し続ける(しかもコストをかけて)というのはメーカーにとってかなり難しいことだろう。
中古で手に入るモデルも含めると、今すぐMT車に乗れなくなるということはなさそうだが、もしMT車に乗りたいなら、今のうちに乗っておくことをお薦めする。
コメント
コメントの使い方