トヨタは2018年の東京オートサロンで、ル・マンのハイパーカーの市販モデルであるGRスーパースポーツ(仮称)のプロトタイプを初公開。
そして、コロナ禍で開催された2020年のル・マン24時間レースでそのプロトタイプがサルトサーキットで走行をお披露目して、順調に開発が進んでいることが確認できた。
堅実なメーカーであるトヨタが、車両価格1億円オーバーは確実とも噂されるGRスーパースポーツを市販する意味とは何なのか?
ル・マンのハイパーカークラスに参戦するためには販売が義務づけられているから仕方なく販売するのか、それとももっと深い意味、狙いがあるのか?
トヨタがGRスーパースポーツを販売する意味について御堀直嗣氏が考察する。
文/御堀直嗣、写真/TOYOTA、LEXUS、ASTON MARTIN、PEUGEOT、PORSCHE、TMG
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ハイブリッドのパイオニアはレースにも積極投入
新型コロナウィルスの影響で、毎年恒例のフランスの伝統的な耐久レースであるル・マン24時間レースは、6月から遅れて9月に開催された。これに参戦したトヨタは、3連覇を果たした。
トヨタエンジンがル・マンに参戦したのは1975年まで記録は遡るが、トヨタのマシンでの参戦は10年後の1985年からだ。ただし、これに挑戦したのはトムスというトヨタ系レーシングチームである。
1988年から優勝を視野に本格的な参戦を続け、2012年からハイブリッドシステムを搭載しての出走となった。
トヨタは、1997年に世界初の量産市販ハイブリッド車プリウスを発売し、2006年に国内の十勝24時間レース(北海道)にレクサスGS450hという量産ハイブリッド車をレース用に仕立て出走し、世界初のハイブリッド車でのレース参戦で完走を果たしている。
ここからトヨタは、モータースポーツへのハイブリッド車の投入を開始した。翌2007年には、レース専用のハイブリッドシステムを搭載するスープラHV-Rで、十勝24時間レースでの優勝を飾る。
レース用ハイブリッドは市販車とは別物
レース専用のハイブリッドシステムは、乗用車で採用されているTHSとは異なる構成だ。フロントエンジンからシャフトを通じて後輪側のトランスアクスルに駆動用モーターを装備した構成となる。
さらに、前輪用としてインホイールモーターを左右に装備する4輪駆動としていた。これをミッドシップ用に発展させたのが、ル・マン24時間レースに参戦したハイブリッドシステムである。
乗用車で使うシステムと機構が異なるとはいえ、ガソリンエンジンとモーターの組み合わせによるハイブリッド車という図式は、1997年から23年もの歴史を積み上げてきたトヨタの、電動化の取り組みを象徴する姿といえる。
ところが、ル・マン24時間レースでは、競争相手のアウディやポルシェがすでに参加をやめており、世界的な大手自動車メーカーで参戦を続けるのはトヨタのみの状況が続いている。
レース専用のプロトタイプ車両での参加は、膨大な予算を必要とし、さらに部品や制御で複雑になるハイブリッドでの出場は、プライベートレーシングチームには難しい。
そこで、自動車メーカーはもとより、多くのチームが参加しやすい車両規則として、2021年からル・マン・ハイパーカー(LMハイパーカー)規定を設け、レース開催することになった。
LMハイパーカーは2年間で20台以上の市販義務
ル・マン24時間レースは、これまで何度も状況に応じて参加車両の規定を変更してきた歴史がある。
たとえば、1980~1990年代にかけて世界を牽引したグループC規定によるレースが衰退すると、市販GTカーを主軸とした車両規定に変更している。
このGTカーによる参加は、プロトタイプカーによる総合優勝争いが行われてきたときにも別クラスとして設けられてきたもので、一時的な主役交代によるレース存続の手法であった。
その後、再びプロトタイプカーによる参戦が自動車メーカーによって表明されると、これが主役となり、そのなかで、ディーゼルエンジンの参加を認めたり、ディーゼルハイブリッドとガソリンハイブリッドの競争があったりということで、今日に至っている。
LMハイパーカーとは、エンジン車での参加も認める内容で、これによってより幅広い参加を見込むことができる。同時に、ハイブリッドでも参加でき、ただしモーター駆動は前輪のみに限定される。
そしてエンジンもモーターも最高出力に上限が設けられる。こうして、エンジンやハイブリッドシステムの無制限な開発競争を抑え、参加費用の高騰を防ぐ目的がある。
また、市販車があることを前提とし、2年間で20台以上市販することが求められる。いっぽう、プロトタイプとして参戦する場合に市販の義務はない。車両規定の主力は、あくまで市販を視野に入れたLMハイパーカーになる。
プロトタイプは東京オートサロン2018で初公開
トヨタは、プロトタイプでの参戦は続けてきており、2021年からはLMハイパーカーへの参戦を決め、GRスーパースポーツの市販という話につながる。
トヨタとしては、これまでの経験が活きる前輪モーター駆動のハイブリッド車両で出走するだろう。誰もがより参加しやすい後輪駆動のエンジン車がありながら、前輪にモーターを使うハイブリッドも加えたことは、主催者のトヨタへの配慮ともいえる。
ハイブリッド主体のプロトタイプから、エンジン車でも参加できる規則へ変更となり、アストンマーチンやプジョーからも参戦の声が上がった(ただしアストンマーチンはその後凍結するとしている)。
トヨタは、2018年の東京オートサロンでさっそくGRスーパースポーツコンセプトと、そのテストカーを公開した。
また2020年のル・マン24時間レースに際し、開発中とされるマシンでデモンストレーション走行を披露した。LMハイパーカー規定でもハイブリッド車でレース参戦を継続する意志を強く表明したといえる。
GRスーパースポーツは次世代の競走馬
この計画を推進するトヨタGAZOOレーシングによれば、市販車をレベルアップしてスポーツカーを作るのではなく、レースやラリーで培われたノウハウを制約のなかでいかに市販車に落とし込むかというクルマ作りを目指すとし、いよいよレーシングカーからスポーツカーをつくる挑戦が始まるのだという。それが、GRスーパースポーツだ。
トヨタが先に公開したeパレットが次世代の幌馬車とするなら、GRスーパースポーツは愛馬であり、次世代の競走馬であると例える。
豊田章男社長は、「自動車産業が大きな転換期を迎えるなか、次の100年もクルマを楽しくしていきたい」との思いを語っている。
そして、その両車両はともに電動車だと。電動化や情報通信が進化した時代でも、クルマが単一化しないことをトヨタは示そうとし、また願っているのだろう。
その楽しさの部分を、トヨタはル・マン24時間レースというプロフェッショナルな舞台と、GRスーパースポーツの市販による消費者との接点の両面で示そうとしている。
さらに、トヨタが23年の実績を積み上げてきたハイブリッドの価値の存続も、このGRスーパースポーツで示そうと考えているように見える。
CO2抑制からCO2ゼロへの転換
いっぽうで、ポルシェはタイカンによってスポーツカーもEVで成立する姿を示した。
市場では、米国カリフォルニア州をはじめ、英国やドイツ、フランスでも15~20年後にはエンジン車の販売を禁止する動きにある。排出ガスゼロが広範囲に求められるようになろうとしている。
トヨタが世に示したハイブリッドという価値は、CO2排出量の抑制という意味で大きく貢献し、いまや世界の自動車メーカーが、プラグインハイブリッドとマイルドハイブリッドを含め、ハイブリッド無しでは新車を販売できない状況となった。トヨタの貢献は大きい。
いっぽうで、これからの時代が求めるのは、CO2排出量の抑制ではなく、排出をゼロにする挑戦だ。そのことは、世界的な大規模自然災害によって一刻の猶予もならない事態となっている。
抑制からゼロへ。この道筋こそ、大手自動車メーカーが全力で挑戦し、消費者にその姿を見せるときである。
GRスーパースポーツがEVであるなら、しかもスポーツカーメーカーではない世界有数の大メーカーが行えば、その衝撃はより圧倒的であるはずなのだが。
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