■2009年日本撤退のお詫びを「迷途知返(めいとちへん)」と表現
今回のメディア向け発表会の冒頭、Hyundai Motor Company社長兼最高経営責任者である張在勲(チャン・ジェフン)氏から日本市場参入の背景についての日本語でのビデオメッセージが流された。前回の日本の乗用車市場参入と撤退のお詫びから、スピーチは始まった。
「私たちが、最初に日本での乗用車事業を開始したのは2001年のことです。しかし、皆様もご存じの通り、2009年に一度日本から撤退することとなりました。これにより、ご期待をお寄せいただいていたお客様には、大きなご迷惑をおかけしました。
この撤退の最大の原因は、当時の私たちヒョンデが、一人ひとりの大切なお客様の声に、しっかりと耳を傾けることができていなかったことだと考えています。
日本市場からの撤退は、ヒョンデにとって、大きな痛みを伴うものでした。そこからの12年間、私たちヒョンデは、様々な形でその痛みに向き合い、真摯に受け止めてきました。
そして私たちが常に忘れなかったものがあります。それは、客様との絆です。撤退時点で、日本のお客様にご利用いただいていたヒョンデの車両は1.5万台。
そこから12年がたった今では、全国で600台ほどになっています。この間、私たちヒョンデの車をご愛用いただいているお客様に、毎年車両点検を提供し、大切なお客様との絆を守り続けてきました。
今回、ヒョンデが再び日本市場に参入することを決定した背景には、こうした「お客様との絆」がありました。参入にあたっての私たちの姿勢は『迷途知返』という言葉で表すことができます。これは、一度道を誤った後に、正しい道に戻って改めるという意味のことわざです。
私たちは、改めて原点に立ち戻り、真摯にお客様一人ひとりに向き合い続けることを決意しました」。
正直、筆者としてはその黒歴史はもう忘れてしまってもいいのではないか、あるいはあえてもう語らなくてもいいのではないか、とも思う。なぜなら、前回の参入と撤退を記憶している層は、今回のヒョンデのターゲットとしている層と全く違う気がするからだ。
前回の失敗のおさらいをしてみよう。
2001年に参入し、2009年に撤退するまでの9年間に日本で売れた乗用車の総販売台数は1万5095台。2021年のHyundai Motor単体での1年間での総販売台数は389万台であることを考えると、いかに日本市場で上手くいかなかったかがわかる。
2002年にはFIFAワールドカップが日韓共同開催され、2003年には韓流ドラマ「冬のソナタ」が大人気に。日本市場参入のタイミングとしては日韓の距離が非常に近づいた悪くない時期だった。
当初投入されたXG、ソナタなどの中型4ドアセダンは、日本ではトヨタカムリやホンダアコードと同じカテゴリーで競合していた。
ソナタのCMには、「ヨン様」として30代以降の世代の日本女性に絶大な人気を誇ったペ・ヨンジュンが起用された。ただし彼女たちはトヨタヴィッツやホンダフィットのような小型車を好んだため、CMの効果は限定的だった。
そもそも当時から中型セダンの人気はやや翳り始めており、その主なユーザーである保守的な中年男性が、わざわざ慣れ親しんだ日本車を捨てて、ソナタを積極的に選ぶだけの理由に乏しかった。
またその他に投入された小型セダンエラントラ、中型クロスオーバーSUVのサンタフェなども、日本車と比べて大きな差別化要因に欠けたことから、当時のヒュンダイ車の登録台数は、最も販売台数が多かった2004年でも2524台にとどまった。
だが、今回は前回と全く異なる。
ブランドイメージが確立できていない新興プレイヤーとして、競争の激しく保守的な市場に差別化に乏しい商品を持って参入して味わった12年前の苦い経験から、ヒョンデは確実に学習している。
保守的な中高年層ではなく、新しい価値観を持ち、K-Popや韓流ドラマなど韓国のソフトパワーに慣れ親しんだ若年層にターゲットを設定。
デジタルネイティブで、時間と移動を伴う実店舗での買い物よりもその場で今すぐできるオンラインショッピングに親しみを覚える世代に、実店舗でのディーラー網を整備するのではなく完全オンラインで商品を提供。
既にグローバルに販売されている2車種の販売のみに絞り込むこととあわせ、市場参入の初期投資と固定費を削減。
韓国に親しみを持ち、カーボンニュートラルなど環境問題への意識が高い若い世代の購買力不足に対応するための、カーシェアやサブスクリプションなどの車両購入以外の新しいモビリティの手段の提供。
ヒョンデのクルマのオーナーにお勧めされて新しくオーナーになれば、勧めた方も買った方も両方リファーラルフィーがもらえるバイラルマーケティングだ。
成熟した市場でコモディティ化した商品を展開するのではなく、成長の余地が非常に大きな日本のZEV市場において、万人受けを目指さず、一部の人に強く「刺さる」尖ったコンセプトの商品のみ展開するとしている。
「グローバルで売れているのでそのままでも日本でも売れるはず」という思い込みではなく、日本で最も普及した急速充電システムCHAdeMOの採用、車両電源を電気製品や自宅に供給できる機能の搭載、右ハンドル&右側ウインカーレバー、ビルトインのドライブレコーダー導入などの日本市場向けローカライゼーションもしっかり行われている。
カタログも諸元表、装備表など細部までチェックしたが、しっかりと丁寧に作り込まれており、ヒョンデが日本市場にかける意気込みを感じた。
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