セドリック/グロリアの栄光と軌跡 かつての日産の大黒柱が絶版になって早16年


 日産セドリック/グロリアは2004年に惜しまれながら生産中止となった。日産車の代表としてトヨタクラウンに果敢に挑んだ記録よりも記憶に残るセダンだ。

 セドリック/グロリアは、高級セダンであると同時に、日産初、日本初、世界初の技術、装備が幾多も盛り込まれたモデルとしても有名だ。

 セドリック/グロリアの後継モデルとしてフーガを投入したものの、現在苦戦が続き、消滅の危機さえ噂される事態に陥っているが、日産にはセドリック/グロリアに注いできた情熱を思い出してもらいたい。そんな気持ちを込めて、セドリック/グロリアの光芒について見ていく。

文:片岡英明/写真:NISSAN

【画像ギャラリー】40年以上にわたり日産のフラッグシップに君臨したセドリック/グロリアの歴代モデル


セドリックに先駆けてグロリアがデビュー

 クラウンとともに日本を代表するプレステージセダンに君臨し、多くの人を魅了したのが日産のセドリックと富士精密工業(後のプリンス自動車)が生んだグロリアだ。

 誕生はグロリアのほうが早い。1958年、後楽園競輪場で開催された第5回全日本自動車ショウにプリンス1900を参考出品し、翌年の2月にグロリアの名を冠して発売されている。

 戦後の日本車としては初めての普通車で、超高級であることを「3ナンバー」で誇示した。

初代グロリアは富士精密工業(後のプリンス)の高級車として1959年にデビュー

 GLORIAは「栄光」の意味だ。皇太子殿下のご成婚を記念して命名された。

 初代グロリアは真のVIPカーである。豪華な西陣織のシートを採用し、当時の国産車としては珍しい後席アームレストやコートハンガーなども装備した。

 エンジンはGB30型と名付けられた1862ccの直列4気筒OHVを搭載する。パワースペックも国産最強だ。

セドリックは日産の高級車としてデビュー

日産の高級車として1960年にデビュー。日産初のモノコックボディを採用

 1960年3月、日産は満を持してフラッグシップのセドリックを発表した。車名のCEDRICは、イギリスの童話作家、バーネット夫人の名作、小公子に登場する主人公の名前から取っている。

 この主人公のように世界中から愛されるクルマになることを願って命名された。日産としては初めてのモノコックボディを採用し、ヘッドライトは個性的な縦型の2灯配置だ。

 エンジンは当時の小型車枠いっぱいの1488ccのG型4気筒OHVを積む。

 この年の秋、小型乗用車の税制が緩和され、5ナンバー小型車の排気量上限が2Lまで引き上げられている。また、小型車乗用車の税率は15%に引き下げられた。

初代セドリックの後期型はヘッドライトを縦2灯から横2灯に変更してイメージ一新(写真はロングホイールベースのカスタム)

 そこでセドリックも10月に1883ccのH型エンジンを積むカスタムを追加している。エンジンの大型化に伴い、ホイールベースも100mm延ばした。

 デビューしたときからグロリアとセドリックはフラッグシップで、庶民にとっては高嶺の花だったし、憧れの存在だったのである。税金などの維持費も高いから、ハイヤーなどのフリートユーザーを除けば、社長クラスの富裕層しか買うことはできなかった。

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