日産セドリック/グロリアは2004年に惜しまれながら生産中止となった。日産車の代表としてトヨタクラウンに果敢に挑んだ記録よりも記憶に残るセダンだ。
セドリック/グロリアは、高級セダンであると同時に、日産初、日本初、世界初の技術、装備が幾多も盛り込まれたモデルとしても有名だ。
セドリック/グロリアの後継モデルとしてフーガを投入したものの、現在苦戦が続き、消滅の危機さえ噂される事態に陥っているが、日産にはセドリック/グロリアに注いできた情熱を思い出してもらいたい。そんな気持ちを込めて、セドリック/グロリアの光芒について見ていく。
文:片岡英明/写真:NISSAN
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セドリックに先駆けてグロリアがデビュー
クラウンとともに日本を代表するプレステージセダンに君臨し、多くの人を魅了したのが日産のセドリックと富士精密工業(後のプリンス自動車)が生んだグロリアだ。
誕生はグロリアのほうが早い。1958年、後楽園競輪場で開催された第5回全日本自動車ショウにプリンス1900を参考出品し、翌年の2月にグロリアの名を冠して発売されている。
戦後の日本車としては初めての普通車で、超高級であることを「3ナンバー」で誇示した。
GLORIAは「栄光」の意味だ。皇太子殿下のご成婚を記念して命名された。
初代グロリアは真のVIPカーである。豪華な西陣織のシートを採用し、当時の国産車としては珍しい後席アームレストやコートハンガーなども装備した。
エンジンはGB30型と名付けられた1862ccの直列4気筒OHVを搭載する。パワースペックも国産最強だ。
セドリックは日産の高級車としてデビュー
1960年3月、日産は満を持してフラッグシップのセドリックを発表した。車名のCEDRICは、イギリスの童話作家、バーネット夫人の名作、小公子に登場する主人公の名前から取っている。
この主人公のように世界中から愛されるクルマになることを願って命名された。日産としては初めてのモノコックボディを採用し、ヘッドライトは個性的な縦型の2灯配置だ。
エンジンは当時の小型車枠いっぱいの1488ccのG型4気筒OHVを積む。
この年の秋、小型乗用車の税制が緩和され、5ナンバー小型車の排気量上限が2Lまで引き上げられている。また、小型車乗用車の税率は15%に引き下げられた。
そこでセドリックも10月に1883ccのH型エンジンを積むカスタムを追加している。エンジンの大型化に伴い、ホイールベースも100mm延ばした。
デビューしたときからグロリアとセドリックはフラッグシップで、庶民にとっては高嶺の花だったし、憧れの存在だったのである。税金などの維持費も高いから、ハイヤーなどのフリートユーザーを除けば、社長クラスの富裕層しか買うことはできなかった。
コメント
コメントの使い方最後のセドリック(Y34型)の最終記念型を乗り続けています。
後継機種は全く乗る気にならないゴミ車種だと思う。優雅なセドリックとは比較にならない凡庸な顔つきですね。ゴーンの失敗車です。ゴーンはGTRを復活させる良い面もあったが、優雅なセドリックを止めた欠点もある。もう日産は優雅な車を作れなくなったのかな?悲しいね。