1940年代から1960年代までアメリカ車は世界中で憧れの的だった。トレンドもアメ車がすべてを牛耳っていたといってもいいほど。
そんなアメ車の人気が凋落して長い年月が経つが、1990年頃に日本ではなぜか爆発ヒットしたアメ車がある。まだ日本でミニバンブームが勃発する前に、シボレーのミニバンであるアストロが大人気となったのだ。
当時アストロを購入して乗っていた人も、アストロに憧れを抱いていた人も多くいるはず。
ここでは懐かしの1台、シボレー・アストロがどんなクルマだったのかを振り返ると同時に、現在の中古マーケットでの相場なども調べてみた。
文:萩原文博/写真:CHEVROLET
1990年頃日本で一世を風靡したシボレー・アストロ
2016年のフォード撤退、そしてクライスラーもジープブランドを残して撤退し、ビッグ3と呼ばれるアメリカ車ブランドの中で日本市場において購入できるのはゼネラルモーターズだけとなってしまった。
これでは、いくらトランプ大統領がアメリカ車を購入しろ! と言っても空虚に感じてしまう。
現在日本市場で販売されているアメリカ車は燃費の悪い大排気量エンジン、日本の道路環境にマッチしない大きなボディと多くの人が考えるアメリカ車とはかなりかけ離れている。
ゼネラルモーターズの高級車ブランドキャデラックにも2L直列4気筒ターボエンジンが搭載されているし、スポーティブランドのシボレーカマロにも2Lターボエンジンが用意されている。
確かに大排気量のエンジンはあるが、気筒休止システムを採用するなど燃費性能も改善されているのだ。
現在ではコアな人向けと思われがちなアメリカ車だが、平成になった1990年頃はアメリカ車が一世風靡していたのだ。その主役となったのが、アメリカンミニバンのシボレー・アストロだ。
ここではもしかしたら、日本で一番売れたかもしれないアメリカ車としてシボレー・アストロについて紹介しよう。
デカくて、悪そうな上下ダブルヘッドランプが大人気
シボレー・アストロは正規輸入されたモデルより並行輸入されたモデルのほうが人気となった珍しいクルマといえる。
初代シボレー・アストロは1985年に登場したミニバンで、1990年頃にアメリカ車をメインとする雑誌が取り上げたことをきっかけにシボレー・アストロブームに火が付いた。
この当時、シボレー・アストロは正規輸入されておらず、販売店などが独自で輸入する並行モノが中心。その後代理店が窓口となってアメリカ現地のコーチビルダーがカスタマイズしたスタークラフトやティアラといったコンバージョンモデルの輸入が始まったのだ。
そして1993年からは当時ゼネラルモーターズのインポーターだったヤナセが正規輸入を開始するが、並行輸入車のほうが圧倒的に人気は高かった。
なぜ正規輸入より、並行輸入車のほうが人気となったのか。それはフロントマスクに大きな要因がある。ヤナセが正規輸入したシボレー。アストロは角形2灯式のヘッドライトを採用していた。
実は、これが不人気の要因で、人気となった並行輸入車は、米国仕様のピックアップトラックと同じコンビネーションランプを採用した「シェビートラックマスク」だったからだ。
こうした影響もあり、1995年にフルモデルチェンジを行った2代目シボレー・アストロは1999年モデルから並行輸入車と同じコンビネーションランプに変更されている。
筆者は1991年から中古車雑誌の編集に携わるにようになるが、まさにシボレー・アストロの並行輸入車が大ブームだった。
関東近郊の国道沿いにはシボレー・アストロの専門店があり、その販売店が高額な広告出稿料を支払い巻頭ページに広告を出稿しても儲かる時代だった。
筆者もその広告製作を手伝うために、販売店に行きシボレー・アストロを運転することが度々あったが、編集部のある都心に戻るとまず停める駐車場に困ったのを覚えている。
コンバージョンモデルなので、車高は2mを超え、全幅も1.96mと超ド級の大きさ。したがって料金を顧みずに著名なホテルの駐車場に停めたことを覚えている。
搭載されている4.3L、V6OHVエンジンはボウボウと大迫力の音を奏でるし、ボディは大きいし、左ハンドルだしと悩みは尽きなかった。しかしやはり人気車、走っていると多くの人に見られたのはちょっと快感だった。
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