「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
文/清水草一
写真/スバル
■湾曲したガラス面で構成されるエアロダイナミックボディ
アルシオーネSVX。自動車デザイン界の大巨匠・ジウジアーロ氏がデザインを手がけた、バブル期の国産名車だ。
同モデル最大のアイコンは、特異な形状のサイドウィンドウである。「ミッドフレームウィンドウ」と名付けられたそれは、ガラスが途中で仕切られており、下側の部分だけが上下に開閉する構造だった。
ジウジアーロ氏による流麗なデザインにより、サイドウィンドウ上部がルーフ側に強く湾曲していたため、その部分を切り離さないと、開閉の際ドア内部に収納することができなかったのだ。
この構造は「カウンタックみたいだ!」と、当時から大いに話題になったし、現在でもSVXを見かけると、真っ先にサイドウィンドウに目が行ってしまう。こんなコストのかかるデザインを、そのまま市販化したスバルに最敬礼だ。
エンジンは3.3Lの水平対向6気筒自然吸気(240ps)。水平対向6気筒エンジンと言えば、ほかにポルシェのソレがあるくらいだ。「ボクサー6」というだけで、ものすごく特別な存在と言える。
■ネオクラシック年代のモデルだが現在の相場は!?
これだけユニークなGTなのだから、国産旧車高騰の流れに乗り、さぞや相場が上がっているのだろうと思いきや、その気配は薄い。
中古車サイトを覗いて見ると、1台だけ800万円台の個体(ほぼ未使用車?)が存在するが、それを除けば、高くて300万円台。安いと50万円から売り物が存在する。
10年前には10万円程度で投げ売りされていた個体もあったので、これでも十分に値上がりはしているが、日産 スカイラインGT-Rやマツダ 3代目RX-7(FD3S)あたりの暴騰に比べれば激安。クルマの価値を考えると、「安すぎるのでは?」とすら感じる。しかも、800万円超の個体も50万円の個体も、数カ月前から売れ残ったままだ。いったいどういうことだろう……。
思えば、超高騰中のR32スカイラインGT-Rも、10年前には最安60万円だった。それが今じゃ、走行10万km超えでも500万円以上、最高5000万円になっている。まさかこんなことになるなんて、10年前は誰一人思わなかった。
SVXも、そういうことになっても不思議はない。なにせレア度ではGT-Rをはるかにしのぐのだから。SVXはなぜこんなに安いのか?
かく言う私は、今を去ること27年前、新車でSVXを買っている。あのジウジアーロデザインに憧れて、最終特別仕様車の「S4」のグリーンをディーラーで購入した。車両本体価格は348万円だったが、大幅な値引きがあり、300万円弱で買えた。値引きも含めれば、当時大ヒット中だった2代目レガシィツーリングワゴンのターボモデルよりも安かった。
SVXは発表当初から販売不振で、末期ともなれば瀕死の状態だった。ディーラーの担当者は、「ウチの店でSVXが売れたのはこれが初めてです!」と喜んでいたほどだ。都内の大型ディーラーなのに!
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